一番大切なもの

公開日: ちょっと切ない話 | 夫婦

夫婦の後ろ姿(フリー写真)

ここ数ヶ月、色々な意味で忙しかった。

25歳で自営を始めて10年と少し営んで来た店を畳んだ。

利益が出ず、嫁の収入が主な生活費になっていて、いつ辞めるかのタイミングを見ていただけだったから。

そんな俺を嫁は、

「13年間お疲れ様でした」

と優しく迎えてくれた。

最後の2年くらいは全然仕事にならず、苛々して嫁に当り散らしたこともあった。

でも、そんな時でも嫁は俺のストレスのはけ口になってくれて、夜には抱き締めて眠ってくれた。

一時、共同経営していた者に騙されて借金を負わされた時、死のうと思ったこともあった。

俺が死んで色々な物が残っていたら、嫁が俺を思い出して辛いだろうと思い、写真や身の回り物を処分していた。

すると、嫁がそれに気付いてこう言った。

「もし、本気で死ぬんなら私も一緒に連れて行って。その代り一週間だけ時間を頂戴。私も身の回りを整理してから死にたいから」

結局、その一週間の間に嫁と何度も話し合い、二人で乗り越えて行こうと決心した。

あの時、嫁が気付いてくれなかったら、一週間待ってと言わなかったら、俺は今頃死んでいただろうな。

何度も泣きながら嫁と話し合ったのも、今では良い思い出だ。

この年で手に職もなく無職になったから、これから大変だろうけど、俺には嫁が残っているから。

一番大切なものが残っている以上、頑張って行こうと思う。

明日から就職活動だ!

関連記事

妊婦さん(フリー写真)

普通の一家の物語

その昔、大学の同級生の女の子にがりがりに痩せた子が居た。 細身の娘が好みだったので声を掛け、程なく恋仲に。 ある日、 「心臓に大穴が空いていて、苦しい。 子供も…

おにぎり(フリー写真)

二人の母

俺の母親は、俺が5歳の時に癌で亡くなった。 それから2年間、父と2歳年上の姉と三人暮らしをしていた。 俺が小学1年生の時のある日曜日、父が俺と姉に向かって 「今から二…

手を繋ぐ恋人(フリー写真)

握り返してくれた手

今から6年前の話です。 僕がまだ十代で、携帯電話も普及しておらずポケベル全盛期の時代の事です。 僕はその頃、高校を出て働いていたのですが、二つ年上の女性と付き合っていました…

公園

君のための手話

待ち合わせ場所で彼女を待っていると、ふと目に留まったのは、大学生くらいの若いカップルだった。 男の子が女の子の正面に立ち、何かを必死に伝えるように、両手を忙しなく動かしている。…

森

英雄の最期と不朽の絆

我が家に伝わる語り草、それは遠く南の地で戦ったおじいちゃんの物語である。 具体的な国名までの記憶は色褪せているが、彼が足跡を残したのは深緑に覆われたジャングルの地だった。 …

目玉焼き(フリー写真)

彼女とフライパン

一人暮らしを始める時、意気込んでフライパンを買った。 ブランドには疎いが、とにかく28センチの物を一本。 それまで料理なんて全くしなかったのだが、一人暮らしだから自分で作る…

母に渡す花(フリー写真)

お母さんの看病がしたいよ

19歳の頃、癌で入院中のお母さんに、泊り込みで付き添っていた。 その頃、私は予備校に行っていた。 お母さんが 「看護婦さんになって欲しい」 と言ったから、一つく…

東京ドーム(フリー写真)

野球、ごめんね

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。 学も無く技術も無かった母は、個人商店の手伝いのような仕事で生計を立てていた。 それでも当時住んでいた土地にはまだ人…

虹

天からの手紙

妊娠と同時に、夫の癌が発覚しました。彼は子供の顔を一目見るまで頑張ると決心していましたが、残念ながら間に合いませんでした。夫が亡くなってからは、私一人で息子を育てています。息子は本当…

老夫婦(フリー写真)

迷惑かけてごめんな

私のじいちゃんは、私が生まれるまでアルコール中毒だったと聞いた。 酒に酔い潰れ、仕事を休む日も少なくなかったという。 ばあちゃんは何度も離婚を考えたと聞いた。 でも、…