一メートル半の向こうの声
一九九五年一月十七日の朝、神戸・魚崎の文化住宅で私と倫子を隔てたのは一メートル半でした。前の晩の些細な言い合いで別々に敷いた布団。その位置に彼女の答えが隠れてい…
震災で失われたもの、その中で生まれた絆、助け合いの記録——震災にまつわる話は、読む人の心に長く残ります。実話をもとにした感動するエピソードを通して、人の強さとやさしさを感じてください。
一九九五年一月十七日の朝、神戸・魚崎の文化住宅で私と倫子を隔てたのは一メートル半でした。前の晩の些細な言い合いで別々に敷いた布団。その位置に彼女の答えが隠れてい…
太陽の光がほんのりと残骸の上を照らしていた。災害により変わり果てた風景の中、一つの臨時の避難所が静かな緊張感を持っていた。 「若者の代表として、一つだけ言いたい…
「お父さんが軽トラで帰っていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように」と祈っていました。 巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子供たちは何を見、その後…
小学4年生の時、俺はマンションで友達と遊んでいた。 ミニ四駆が流行っていた頃だ。 いつも騒いでいた俺たちは、管理人さんに怒られたものだ。 俺は改造が下手で遅れが…
5年前、15歳の春。 私が訪れたのは、宮城県気仙沼市、震災から4年後のことだった。 少しずつ復興が進み、新しい建物が建っているところもある。 そんな光景を見なが…
小学4年生の時の1月15日、連休最初の日だったかな。 いつものメンバー5人で、俺の住んでいたマンションで遊んでいた。 当時はミニ四駆を廊下で走らせ、騒いでは管理…
東日本大震災。 辺りは酷い有り様だった。 鳥居の様に積み重なった車、田んぼに浮く漁船。 一階部分は瓦礫で隙間無く埋め尽くされ、道路さえまともに走れない。 明るく…
石井三曹に封筒を渡した少女は、名前も告げずに走り去って行った。 少女は、母親と思しき女性の運転する車でやって来て、偶然近くを歩いていた石井三曹に手紙一通を渡した…
当時21歳の私と倫子は、その日ちょっとしたことで喧嘩をしてしまった。 明らかに私が悪い理由で。 普段なら隣同士で寝るのに、この日は一つの部屋で少し離れて寝た。 …
宮城県南三陸町で、震災発生の際に住民へ避難を呼び掛け、多くの命を救った防災無線の音声が完全な形で残っていることが判りました。 亡くなられた町職員の遠藤未希さんの…
自衛隊の災害派遣でひと月を過ごした避難所。体育館の壁に増え続けた数字を書いていたのは、初日にトラックへ石を投げた二十歳の青年でした。撤収の日に拡声器を握った彼と…
富山の砺波平野で三社柿を作る家に嫁いだ私は、喜怒哀楽を見せない姑にずっと身構えていました。台風の晩、崩れた土が家を押したとき、降る皿の下で私を庇ったのは足の悪い…
記録的な大雪で三日間も孤立した郡上の集落。配給の列で壊れたラジコンを抱えた男の子に、中学生の少年が自分のものを差し出しました。その底に残っていた四角い跡が語る、…
浜に流れ着いた浮子は底を上にして置く——それが加瀬浦の決まりごとでした。あの子が繰り返した「うちの印、覚えとって」の意味を、私は四十年かけて知ります。約束の前日…
十四年前の土砂災害の夜、暗い土の中で握られ続けた小さな手がありました。声を失っても口を動かし続けた元救助隊員と、その咳払いだけを頼りに朝を待った娘が再会する泣け…