
タクシーの仕事を二十年以上やっているが、あのお婆さんのことだけは、今でも時々思い出す。
初めて乗せたのは、五年前の秋口だった。
朝の八時過ぎ、漁港に近い集落の外れのバス停に、上品な佇まいの老婦人が立っていた。白髪を後ろにきちんとまとめ、紺色のコートを着て、薄茶色の革の鞄を両手で抱えていた。七十は超えているだろうと思った。
「漁港まで、お願いします」
それだけ言って、後部座席にゆっくりと腰を下ろした。
港の突堤入り口まで、車で十分もかからない。到着して「こちらでよろしいですか」と聞くと、婆さんは静かに頷いた。だが、降りようとしなかった。窓の外を眺めたまま、動かなかった。
港には何隻もの漁船が係留されていた。婆さんの視線は、その中の一隻に向いていた。青と白に塗られた、中型の漁船だった。
「ここで、少し待っていてもらえますか」
俺はメーターを切って、ラジオの音量を下げた。
一時間、婆さんは一言も喋らなかった。コートの膝の上に両手を揃えて、背筋をまっすぐ伸ばしたまま、ただその船を見ていた。秋の海風が揺らすロープの音と、遠くで鳴くカモメの声だけが車の中に入ってきた。
帰り道、俺は何を聞いていいかわからなかった。
「ご家族の方が乗っていらっしゃるんですか」
思い切って聞くと、婆さんはちょっとだけ笑った。笑い、というより、苦笑いに近かった。
「そうですね」
それ以上は何も言わなかった。
※
次の月の同じ頃、また同じバス停に婆さんが立っていた。
「漁港まで、お願いします」
今度は俺も何も聞かなかった。同じ突堤の入り口に止めて、メーターを切った。婆さんはまた一時間、同じ船を黙って見ていた。
それから、毎月来るようになった。
春になっても夏になっても、雨の日も台風が来る前の蒸し暑い夕方も、婆さんは月に一度、決まって俺のタクシーに乗った。最初は偶然かと思っていたが、そのうち俺の車を指名するようになった。配車センターから連絡が来るたびに、乗客の名前を聞く前から誰か察しがついた。
「いつも同じ運転手さんの方が、気が楽ですから」
一度だけそう言っていた。
俺はその言葉を、しばらくの間ずっと考えていた。気が楽というのはどういう意味だろうかと。何も聞かないから、ということなのか。あの人が港に来る理由を、俺が一度も問い質さないから、ということなのか。
何度か、もう少し踏み込んで聞いてみようとした。
入港した漁船から荷を下ろす漁師たちの姿が見える時間帯に差しかかっても、婆さんは動こうとしなかった。窓を少し開けて、潮の匂いに顔を向けながら、遠くの一点を見ていた。どんなに船が近くに来ても、婆さんが外に出ようとしたことは一度もなかった。
「乗り降りされないんですか、いつも」
二年目の夏、思い切って聞いてみた。
婆さんは少し間を置いてから言った。
「見るだけで、いいんです」
それだけ言って、また窓の外に目を戻した。青い空の下、漁船のエンジン音が遠くで聞こえていた。俺はそれ以上、何も言えなかった。
三年目のある秋の昼下がり、婆さんが静かに口を開いた。
「息子が、あの船に乗っているんです」
俺は前を向いたまま、「そうですか」とだけ答えた。
それ以上は聞かなかった。婆さんも、それ以上は何も言わなかった。港の水面が午後の光できらきら揺れて、出港していく船のエンジン音が風に乗って流れてきた。
あの時、もう少し聞いてあげればよかったのかもしれない、と後で何度も思った。でも、それが正しいことだったのかどうかも、今になってもわからない。
四年目の冬、婆さんが珍しく話しかけてきた。
「昔は喧嘩ばかりしていたんですよ、あの子と」
俺はバックミラーに目をやらないようにしながら、「そうですか」とだけ答えた。
「親というのは、どうしても口が過ぎてしまう。それがわかったのは、ずっと後になってからで」
婆さんはそう言って、窓に顔を向けた。それ以上は続けなかった。俺も続きを促さなかった。ただ、港へと続く道を走った。
※
去年の初冬、婆さんが来なかった。
次の月も来なかった。
そのまた次の月も来なかった。
配車センターに確認したわけでもない。ただ、毎月同じ日の朝になると、あのバス停のことを思った。婆さんがコートを着て立っている姿を、なんとなく思い浮かべた。そして、それが来なかったことを確かめて、また走り出した。
半年が経った頃、四十代くらいの男から会社に電話があった。
「母が生前、長らくお世話になっていたタクシーの運転手さんを探しています」
男は婆さんの息子だった。漁師ではなく、今は陸に上がって漁港近くの水産加工場で働いているという。
「母の遺品の中に、メモが残っていました。毎月タクシーで港に来ていたこと、その運転手さんにいつかお礼が言いたかったこと、そう書いてありました。俺はそれで、初めて知ったんです。母が毎月ここに来ていたことを」
電話越しでも、男の声が揺れているのがわかった。
男と会ったのは、港の近くの小さな喫茶店だった。
がっしりとした体格で、日焼けした顔の男だった。テーブルを挟んで向かい合うと、どこか婆さんの目元に似ているなと思った。
男は言った。十年以上前に、仕事のことで大きな口論になった。俺がこの町に残って漁師を続けることを、母親に反対されたのだという。危ない仕事だ、もっといい仕事がある、そう言い続けた。自分はその言葉が嫌だった。どこかへ行けと言われているように聞こえた。それが意地になって、連絡を絶やすようになった。
母の方から歩み寄ってくれたこともあったが、自分が意地を張ってしまった。そのうち母も、それ以上は言ってこなくなった。
「近くに住んでたんです、ずっと。漁港まで車で十分もかからないところに」
男はそう言って、テーブルの上に一枚の写真を置いた。
婆さんの遺品の中に入っていたものだという。スマートフォンで撮ったのか、少し画質が粗かった。でも、写っているものははっきりわかった。
突堤の入り口に停まった、俺のタクシーだった。
車の後部座席の窓越しに、こちらに顔を向けた婆さんの横顔が、わずかに写り込んでいた。誰かが外から撮ったのか、あるいは婆さん自身が車内から振り返って撮ったのか、そこまではわからなかった。
でもその一枚だけで、なぜか全部わかった気がした。
息子に直接会いに行くことはできなかった。声をかけることも、謝ることも、もう一度やり直そうと言うことも、何もできなかった。でも毎月、ここまで来ていた。車の中から、息子が乗る船を見ていた。それが、婆さんにとっての精一杯だったのだ。
十年間、ずっと。
男は写真を俺の方に向けて押し出したが、俺は首を横に振った。
「息子さんが持っていてください」
男はしばらく黙っていた。それから静かに写真を手に取って、胸のポケットにしまった。
「母が最後まで、あなたに何か言いたかったのは、きっとそういうことだったと思います。同じ場所で毎月、黙って待っていてくれた、そのことへの礼だったんじゃないかと」
俺は何も言えなかった。
喫茶店を出ると、潮の匂いがした。港の方からエンジンの音が低く聞こえてきた。俺はしばらく、その音を聞いていた。
何も聞かないでいることが、あの人の役に立っていたなんて、思ってもみなかった。ただ、なんとなく聞けなかっただけだった。漁港に着いて、黙ってメーターを切っていただけだった。
それでも、婆さんはあの一時間を、毎月ここまで来てでも必要としていた。
息子の船が帰ってくる港を、誰かそばにいてくれる人と、黙って見ていたかったのかもしれない。
タクシーに戻って、エンジンをかけた。
海の方から風が来て、車のボディを揺らした。