母猫の選択

公開日: ちょっと切ない話 | ペット |

母猫(フリー写真)

Rの実家は猫好きな一家で、野良猫に餌をあげているうちに、家中猫だらけになってしまったそうだ。

住み着いた猫が仔を作り、その仔もまた仔を作る。

一時は家庭崩壊しかけたほど猫が増えたそうだ。

そのうちの一匹の猫の話。

その猫も他の猫同様、野良時代に餌をもらい、それが何度か続くうちにRの家に住み着いた。

そしてその猫も仔を宿し、五匹の子猫を生んだ。

しかし、母猫は病気だった。

出産後、餌は食べても吐いてしまうか、もしくはひどい下痢だった。

だが、子供はまだ小さい。

母猫は、じっと耐えるように五匹の子猫達を守っていた。

あまりにひどそうなので、見かねたRの母親が病院に連れて行こうと近寄るが、母猫は子供を取られると思っているのか、決して触らせようとしない。

怒り狂って引っ掻いてくるのだ。

次の日、母猫はついに動けなくなっていた。

出産の疲労と病気による衰弱のためであろう。

母猫の周りは、自らの汚物で一杯だった。

しかし、母猫は愛しそうに五匹の仔を満遍なく舐めていた。

『こいつは、今日死ぬな…』

衰弱し切った母猫を見て、Rはそう思ったそうだ。

そしてその夜、Rの母親が2階の自室で寝ていると、モゾモゾと布団の中で何かが動く。

それは、子猫だった。

『あれ?』と思い、電気を点けてみると、他の四匹の子猫たちも自分の布団の周りにいる。

子猫たちは寒いのか、か細い声で鳴きながら布団に入ろうとしている。

そして、少し離れた所に、あの病気の母猫が静かに横たわっていた。

もう息はしていなかった。

決して子供達に近寄らせようとしなかった母猫は、最後の力を振り絞って一匹一匹、わが仔をここまで運んで来たのだろう。

死ぬ姿を人に見せないと言われるプライドの高い猫が、寝室の真ん中で死ぬことを選んだのだ。

子供達を託すために。

関連記事

砂浜を歩くカップル(フリー写真)

当たり前の日常

小さな頃から、私と彼はいつも一緒でした。 周りがカップルに間違えるほどの仲でした。 私が彼に恋愛感情を抱いていると気付いたのは、高校3年生の時です。 今思うと、その前…

月明かり(フリー写真)

お月さんの下で

昨日、彼女の家の犬が死んだ。 彼女の家は昔、彼女の兄貴が高校生という若さで自殺してから、両親も彼女もうつ病になって酷い状態だったらしい。 そんな時に引き取って来た犬だったそ…

猫

声を失った猫

昔話だけど。 実家の猫は赤ちゃんの時、空き地で目も潰れて放置され、泣き喚いていたところを保護したんだ。正直、化け猫のようで触るのも躊躇するほどの悲惨さだった。目は病院で治療して…

花束

深く、不器用な愛情

私は先天性の障害を持つ足で生まれました。 幼い私が、治療で下半身がギプスに覆われた時のことです。 痛みで泣き叫んだ夜、疲れ果てて眠った私を見て、強がりの父が涙を流していま…

父と娘(フリー写真)

娘から神様への手紙

私の4歳の娘が、字を教えて欲しいと頼んできました。 どうせすぐに飽きるだろうと思っていましたが、毎晩教えていました。 ある日、娘の通っている保育園の先生から電話がありまし…

星空

天国でも携帯が

妹からの最後のメールを読んだ時、命の尊さと、失った者の残された悲しみがどれほど深いかを痛感しました。妹は白血病で苦しみ、わずか14歳でこの世を去りました。彼女が2歳半の時に病気が発覚…

母の手

あのハンバーグの味

私の母は生まれながらにして両腕に障害を持っていました。 そのため、家庭の料理はほとんど父が担当していたのです。 しかし学校の遠足などで弁当が必要な時は、母が一生懸命に作っ…

水族館

忘れられない君への手紙

あなたは本当に、俺を困らせたよね。 あの日、バスの中でいきなり大声で「付き合ってください!」って言った時から、もう、困ったもんだ。 みんなの視線が痛かったよ。 初デ…

バー(フリー写真)

大好きな姉

20歳を迎えたその日、姉が雰囲気の良いショットバーに連れて行ってくれた。 初めてのバーに圧倒されている俺を見て、姉は 「緊張してんの? 何か子供の頃のアンタみたい」 …

ビル

隣の席の喪失と救い

ある日、私の隣に座っていた会社の同僚が亡くなりました。彼は金曜日の晩に飲んだ後、電車で気分が悪くなり、駅のベンチに座ったまま息を引き取ったのです。55歳という若さでした。 私た…