わすれられないおくりもの
生まれて初めて、万年筆をくれた人がいました。
私はまだ小学4年生で、使い方も知りませんでした。
万年筆をくれたので、その人のことを『万年筆さん』と呼びます。
万年筆さんは、優しくて、強い人でした。
ちょっと情けなかったけど(笑)。
迷っている時、いつもアドバイスをくれるんです。
でも、答えは明かさないので、正解は自分で見つける。
きっと万年筆さんは、私の人生のメンターなのでしょう。
私が小説に興味を持つきっかけを作ったのは、彼です。
私が将来の夢を決めたのも、彼に憧れたから。
優しい人になりたいと思えたのも、彼が居たから。
彼に夢中になってからは、彼のボロいアパートに毎日通いました。
放課後サッカーをするという日課は、彼のせいでめちゃくちゃです。
万年筆さんの買い物に付き合えば、2ケツで坂を物凄いスピードで降りられます。
めっちゃ楽しかったです(帰りは地獄でしたが)。
いつの間にか万年筆さんは、私の初恋になっていました。
薄氷がパリッと音を立てて割れるみたいに、万年筆さんは居なくなりました。
私が高校2年生の夏でした。
机の上に置手紙がありました。
※
『長いトンネルの向こうに行きます。君は追いかけて来てはいけない。
もし、辛くなった時は、多分僕も同じで辛い。
君が思ってるより僕は君が大好きだから。
君に初めて万年筆をあげた男より
p.s.
君の初恋は、叶ったよ』
※
万年筆さんは全部お見通しだったみたいです。
私の恋心も。
スーザン・バーレイの『わすれられないおくりもの』が大好きだったということも。
わすれられないおくりものに登場するアナグマは、亡くなる時、置手紙を残します。
長いトンネルの向こうに行きます、と。
後で知りましたが、万年筆さんは白血病でした。
※
『万年筆さんへ
亡くなったのだから、貴方がこの手紙を読むことはないんでしょうね。
けど、何か今、私の傍らに気配を感じる(笑)。
だから、読んでくれてると思っておくね。
私、小説家になったよ。
貴方に出会わなければ、小説なんて嫌いなままだった。
貴方に出会わなければ、愛を知らない子のままだった。
貴方に出会って、色んなことが解った。
世界が綺麗だということも、私は幸せだということも。
私はきっと、お母さんになって、おばさんになって、おばあちゃんになるんでしょう。
天国か地獄か選べと言われたら、そりゃあ天国だけど、貴方が地獄に居るなら、地獄も悪くなさそう。
小説家なんだから、もっとボキャブラリーあるだろとか言われそうだけど、めんどくさいなぁ(笑)。
「ありがとう」
に全部乗せするよ。伝わると思うから。
貴方に初めて万年筆を貰った女より』