妻の弁当箱が教えてくれたこと

朝の温泉町の静けさ

朝日が旅館の障子を透かして、薄紅色に変える季節だった。

私は写真家として、全国の温泉街を撮り歩いている。六十歳も近い今、カメラを握る手には自然と力が入るようになっていた。

その日、いつもより早く目覚めた。

山あいの静かな旅館街。霧が谷間に漂い、杉の香りが深く息に入ってくる季節だ。露天風呂から上がった後、部屋に戻ると、机の上に置いてあるはずの弁当箱が目に入った。

古い琺瑯製の弁当箱。黒地に白い放射状の模様が入った、四十年前のものだ。

その弁当箱を、毎朝欠かさず美咲が詰めてくれていた。

美咲はもういない。五年前の冬、病室の白い天井を見つめながら、彼女は静かに息をするのをやめた。

元看護師だった彼女は、最後まで誰かの役に立つことを考えていた。入院中も、同じ病室の患者に気を配り、ナースコールを押すことよりも、人の顔色で必要なものを読み取ることを優先していた。

そういう人だったのだ。

我が家に嫁いできた時、美咲は三十歳だった。私は三十五。当時、私の仕事はようやく軌道に乗り始めた時期で、朝は暗いうちに家を出ることが増えていた。晩は遅く帰る。そんな生活が続いていた。

写真集の撮影が決まった時も、雑誌の表紙を任された時も、展示会の準備が佳境に入った時も、いつも朝は同じだった。

美咲が台所で何かを切る音がして、炊飯器の湯気が上がり、弁当箱に白いご飯が詰められる。その光景を、私は何百回、何千回と見てきたのだろう。

だが、振り返ってみても、その瞬間の美咲の顔をはっきり思い出せない。

弁当箱を手に取った。重い。毎朝、美咲はこれに何を詰めてくれていたのか。正直に思い出せない。

写真の仕事が忙しかった。朝は暗いうちに出かけることが多く、彼女が台所で何かをしている音さえ、半ば無視していた時期が長い。

「おはよう。弁当、持っていってね」

美咲がそう言うのを、何度も聞いた。だが、その言葉に返した自分の返事は、たいてい生返事だった。

「ああ、ありがとう」

一秒にも満たない返礼。それで十分だと、その時の私は思っていた。

朝の時間は限られていた。撮影地への移動、天候の確認、道具の点検。頭の中はいつも、その日の仕事でいっぱいだった。

妻の手作りを受け取ることは、もはや習慣の一部に過ぎなかった。感謝も、次第に形骸化していった。

「美咲、ありがとう」

もっと心を込めて言いたかった。だが、言葉にならなかった。

仕事から帰ってきた時、弁当の空き容器が台所に置いてあった。それが毎日のことだったから、やがて空き容器のことすら見えなくなった。

不器用だった。感謝という感情を、相手に伝える方法を知らなかった。カメラは得意でも、人間関係では私は撮るばかりで、返すことができない人間だった。

誰かの愛を受け取ることは上手でも、それを返す言葉を持たない。そういう人間だった。

彼女は看護師時代、患者の細かな変化に気づく訓練を受けていた。同じ視点で、夫である私の疲労や心身の状態を観察していたに違いない。

朝、私が疲れた顔をしていれば、その日は栄養たっぷりのおかずが弁当に入っていたかもしれない。写真の展示が控えていれば、好物のご飯が多めに詰められていたかもしれない。

季節が変わるたびに、季節の食材が変わっていったはずだ。春は新芽、夏は冷涼なおかず、秋は栗や秋刀魚、冬は温かいおかず。

すべてを、美咲の手と心で詰められていたのだろう。

だが、私はそれを言葉にしてやることができなかった。

旅館の部屋で、弁当箱の蓋を開けた。

中は空だ。もう五年も前のことだから、当然である。ただ、底には何かが張り付いていた。

小さな紙切れ。

色褪せた付箋だ。端がめくれ上がっていて、接着力も失いかけている。私は息を止めて、そっと剥がした。

あたたかい字だ。美咲の字だ。幾度も見た、その丸みを帯びた字体。

「今日もあなたの撮った写真が好きです」

短い文。それだけだ。

だが、ここに何十枚もの付箋が貼られていたのではないか。弁当箱の底という、開けた時に最後に見える場所に。毎日。毎日。

私は弁当を開けるたびに、底に貼られた言葉を読んでいたはずだ。朝日の中で、移動中の電車の中で、仕事場の片隅で。

だがその時間が、いつしか日常に埋もれてしまった。

弁当を詰めることと同じように、美咲は毎朝、小さなメモを弁当箱の底に貼っていたのだ。

「今日もあなたの撮った写真が好きです」

一体、何日分のメモがあったのか。何年前からなのか。知ることはできない。

私が毎朝、弁当箱の底を確認する習慣があれば、すべて読むことができたはずだ。だが、その習慣は最後までなかった。

美咲が病に倒れた時も、弁当箱の底に貼られた言葉を読むことは、もうなくなっていた。病室には、手作りの弁当を持ち込むことさえ許されなかったのだ。

今、この手に握られている付箋は、おそらく最後のものだ。病が悪化し、彼女が台所に立つことが難しくなる直前に、書かれたものかもしれない。

温泉街の朝は深い霧に包まれていた。

私は外に出た。カメラを持たずに。

杉林が霧の中に溶けていく風景。そこを歩く人影が見えた。

その中を、一人の男が歩いている。その男は、手に弁当箱を持っていた。

私ではなく、別の男だ。年は私より若い。三十代だろう。

彼は毎朝、妻に作ってもらった弁当を手に、仕事場へ向かうのだろう。その弁当には、毎日、新しいメモが貼られているだろう。底に。

その男は、毎日、それを読むだろうか。

読んでほしい。心から、そう思った。

妻からのメッセージを受け取りながら、生きてほしい。毎朝、弁当箱を開けるたびに、底に貼られた言葉を確認してほしい。

そして、もし言葉に詰まるなら、その詰まった思いをどうか、相手に返してほしい。

声に出さなくてもいい。ただ、弁当を受け取る時に、目を見てほしい。少しでいいから、妻の顔をちゃんと見てほしい。

その男は、霧の中を歩んでいった。弁当箱を抱えて。

私は霧の中で、その男の後ろ姿を見つめていた。

部屋に戻った。

弁当箱を前に、椅子に座った。手で撫でると、古い琺瑯の冷たさが手のひらに伝わった。

付箋はもう一枚もなかった。最後の一枚を、私は手に握っていた。

「今日もあなたの撮った写真が好きです」

五年間、この言葉を読まなかった。五年間、気づかなかった。

美咲が毎朝、何を思いながらこの言葉を書いていたのか。仕事に疲れた夫を送り出す時に。自分の病気がもう治らないことを知っていながら。

私は美咲の写真を撮ったことがある。不意に。照れ笑いをしている彼女の顔。それは私の最高傑作の一つだった。

彼女はそれを知っていたのだろう。そして、その写真への感謝を、毎朝、こうして伝え続けていたのだ。

私が美咲を撮った理由は、彼女の美しさだけではなかった。カメラを通して見た時だけ、彼女の本当の顔が見えたのだ。そこには、誰かを思う心の深さが映っていた。

言葉にしてやることができなかった私だから、今、この付箋の言葉が心に深く落ちた。

「ありがとう、美咲」

ようやく、言葉が出た。

声は出さなかった。だが、体が震えた。弁当箱を握る手が、震えた。

その日から、私は毎朝、弁当箱を眺めるようになった。

写真の仕事は相変わらず忙しい。だが、朝の儀式として、弁当箱に手を触れるようになった。

冷たい琺瑯。その中に詰められていたもの。そして底に貼られていた、数え切れない言葉。

今は読むことのできない言葉たち。だがその言葉はすべて、この弁当箱の中に残っている。美咲の手の温かさとともに。

温泉街の朝日が、また今日も、障子を透かして薄紅色に変える。

その朝日の中で、私は弁当箱に向かって、毎日新しい感謝を言葉にするようにした。

「ありがとう、美咲。今日も、あなたの心を感じながら、写真を撮ろう」

遅すぎた感謝。だがそれでも、美咲にはきっと届いているような気がした。

弁当箱の中に、毎朝、新しい言葉が積み重なっていくような、そんな感覚とともに。

今日も、杉林を抜ける朝風が、その古い弁当箱に触れた。

その風は、どこかで、彼女の手を撫でているのではないか。そう思えてならなかった。

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