ケーキ屋の親友の話
俺の親友テツヤは小さい頃からの大親友。良いことも悪いことも一緒に経験した親友。
中学の時、ケーキ屋を経営しているテツヤのオヤジが脳梗塞で倒れた。
幸い一命を取り留めたが、後遺症で右手に多少しびれが残った。
親友テツヤは高校を行くのをやめ、オヤジのケーキ屋を継ぐ覚悟を決めた。
小さい頃から手先が器用だったのか、オヤジのスパルタが効いたのか、めきめきと腕を上げ、今では店全体のケーキと経営をオヤジから任せられるようになっていた。
ただ、ロールケーキだけは息子に任せられないという変なプライドを持っていた。
※
10年前のクリスマスイブの日、俺はそのテツヤのケーキ屋へ、かみさんに頼まれたクリスマスケーキを取りに行った。
時間は18時頃だったかな?
店の中でテツヤと雑談をしていたら、お互い手を繋いだ女の子二人が入って来た。
現在は防犯上、名札など付けていないが、あの頃は普通に付けていて、名札を見ると○○小学校四年生と二年生と書いてある。
傍から見ても貧乏そうな見た目だった(セーターの袖口は伸びてダラダラ、セーター全体が毛玉、だが髪の毛だけはサラサラだったのは覚えている)。
アルバイトの子(高校生)が
「いらっしゃいませ」
と子供二人に言った。
上の女の子は初めてのお使いなのか、顔を真っ赤にしながら、たどたどしく
「ケーキください」
と絞り出すような小さな声で言った。
下の子は色とりどりのケーキと甘い香りのショーケースを見て目がキラキラしていた。
アルバイトの子が
「どんなケーキがいいのかな」
と聞くと、下の子が
「この大きなケーキがいい」
と指を差したのが、イチゴがいっぱい乗った4号ホールケーキだった。
上の子が下の子の手を引っ張り、小さな声で
「そんな高いのはダメ」
と小声で言っていた。
ケースを見渡し、値段の安い一粒イチゴが乗ったショートケーキを指差し、
「このケーキ一つください」
アルバイトの子は
「ありがとうございます。350円になります」
とケーキを箱に詰めながら言った。
上の子が小さなボロボロの財布をポケットから取り出し、ごそごそと手に握ったお金をカウンターに差し出した。
確かめると百円玉が2枚と五十円玉が1枚、あと子供銀行と書いてある百円玉に似たおもちゃのお金だった。
アルバイトの子が
「これは本当のお金じゃないよ~」
と言うと、上の女の子が顔を真っ赤にし、今にも泣きそうな顔になりながら財布を探し始めた。
多分、おもちゃのお金を百円玉と勘違いしたのでしょう。
異変に気付いた下の子が不安そうに上の子を見上げている。
お金がないのを悟ったのか、上の子はますます目に涙を溜めている。
そして、
「ごめんなさい、お金足りませんでした」
と、ぽろぽろと涙を流しながらカウンターにあったお金を掴みかけようとした時に俺は思った。
ここで俺が百円を出しても、この子は
「いいです、いいです」
と言って受け取らないでしょう。
そこで俺は閃いた。この子の財布の中を一緒に探すふりをして百円玉を忍び込ませようと。
その子に近付いて声を掛けようとした瞬間、奥からテツヤのオヤジが出て来て、大声で
「さー、ただいまからタイムセールだよ。ショートケーキ250円だよ。早い者勝ち~」
と言ってまた奥に引っ込んだ。
それを聞いてテツヤの奥さんが女の子に
「ジャストタイミング」
と言って、250円を仕舞いながらケーキの入った箱を女の子に渡した。
女の子が伸びたセーターの袖で涙を拭いながら
「ありがとうございます」
と言って下の子の手を握り帰って行った。
その後、俺はテツヤに
「ケーキ屋のタイムセールなんて聞いたことがないぞ」
と笑いながら雑談をしていた。
俺はかみさんに「子供を実家に迎えに行くから、20時頃に帰るからね」と言われていたので、テツヤと店の中で雑談をしていた。
それから予約のケーキを取りに来たお客さんが来たりして忙しかったので、手伝ったりしていた。
※
ようやく一段落してそろそろ店を閉めようかと、アルバイトの子が表の看板を店に仕舞いシャッターを閉めようとした時、アルバイトの子が
「店長、お客さんが」
と言ってドアを開けると、袖口などが汚れた会社の制服を着て、小さな女の子を連れた女性が入って来た。
女性が開口一番、
「うちの娘たちが申し訳ありませんでした」
聞けば先程の女の子二人の母親でした。
家に帰ると上の娘がケーキの箱を目の前に出して、
「これでクリスマスケーキ食べられるよね」
と言っていたそうだ。
そんなお金どこにあったのって聞いたら、
「お財布に250円はあったけど足りなくて。でもタイム何とかって言って250円で買えたよ」
と言ったとのこと。
ケーキ屋さんでタイムセールなんて聞いたことがないと強い口調で言ったら、
「ほんとだもん、タイム何とかで買えたんだもん」
と泣き出したんです。
「ですから足りないお金を持って来たんです。いくらでしょうか?」
その時、また奥からテツヤのオヤジさんが出て来て、
「うちはケーキが売れ残りが出ると廃棄しなきゃあならないから、時々タイムセールをしているんだよ。それに値段を決めるのは店の勝手だから」
と言うとまた奥に引っ込んで行った。
その女性はおろおろしながら、
「じゃあ他のケーキ買わさせていただきます」
と言うのです。
ショーケースを見渡し選んでいると、一緒に来ていた女の子(多分妹さんの方)がロールケーキを見つけると、母親に
「このケーキって美味しいの?」
と訊いたんです。
スポンジの中にクリームや薄いイチゴが入っていて、周りがクリームで塗られているロールケーキ。
ショーウィンドウの前に二切れあり、二切れで250円。
後ろには丸ごと一本のロールケーキがあった。
母親がじゃあこれにしようかと、テツヤの奥さんに
「このロールケーキ二切れください」
と言うと、その子が
「お姉ちゃんたちの分は?」
と言います。
「お姉ちゃんたちはイチゴのケーキがあるでしょ」
しかし女の子は、
「私もイチゴのケーキも食べたい」
と言うので、母親が
「両方は食べられないの」
と、その子の手を引っ張りながら言っていた。
だんだん女の子が顔を真っ赤にして涙目になって行く。
テツヤの奥さんが、
「じゃあロールケーキ二切れでいいんですね」
と言った時、俺はおまけに二切れ多く入れるのかなと期待していた。
そしたらテツヤの奥さんがロールケーキ丸ごと一本取り出して、ロールケーキの四分の一くらいのところにナイフを入れ、テツヤの顔を見た。
その時、テツヤが首を振ったのを見て、三分の一くらいのところにナイフを入れたら、テツヤが首をコクンと頷いたのを見てナイフを下ろした。
そしてまた三分の一のところにナイフを当てて切った。
その三分の一の大きさのロールケーキ二つを箱に詰めカウンターに置き、
「ロールケーキ二切れ250円です」
と言うと、母親が
「そんな、受け取れません」
と頑なに拒んでいました。
そうするとまたテツヤのオヤジが奥から出て来て、
「一回切って箱に詰めたケーキは戻せない。それに残ったら廃棄するしかないんだから、食べてもらわなければ困る」
そう言うと、また奥に引っ込んだ。
テツヤの奥さんが、
「これ食べてもらわないと私が怒られますから」
と、笑いながら強引に売りつけた。
母親は頭を何度も下げながら250円を払って出て行った。
※
家に帰ってかみさんにこの話をしたら、涙を流しながら喜んでいた。
以上、俺の感動した話でした。
投稿者: タケザワさん