手渡しのブーケ

手渡しのブーケ

事務所の棚に、色の抜けたブーケが一つ、逆さに吊るしてある。

十二年前のものだ。

ブーケトスで投げられなかったブーケを、私は一度だけ受け取ったことがある。

投げられたのではない。

新婦が、ドレスの裾を持ち上げて歩いてきて、私の手のひらに直接置いていった。

あの日のことを話すには、その前の半年を話さないといけない。

※

私は、宍道湖の畔の小さな式場でプランナーをしている。

式場といっても、もとは醤油蔵だった建物だ。

梁は黒く、雨の日には木と塩の混じった匂いが、床の低いところに溜まる。

窓からは湖が見えて、夕方になると水面が橙色から鉛色へ、ゆっくり色を変える。

年に三十組ほど。

数だけ見れば、都会の式場の一か月分にも満たない。

それでも十二年前のあの一組を、私はいまだに手放せずにいる。

新婦の美咲さんは十九歳だった。

新郎の野津さんは三十九歳。

二十歳の差だ。

最初の打ち合わせに来たとき、美咲さんは膝の上で両手を握ったまま、ほとんど私の顔を見なかった。

代わりに野津さんが、几帳面な字で書いた紙を広げた。

予算、日取り、招く人の数。

最後の行に、一行だけ書き足しがあった。

「新婦の父に、出席していただきたい」

私が顔を上げると、美咲さんが小さく言った。

「……たぶん、無理やと思います」

※

美咲さんのお母さんは、美咲さんが六つのときに病気で亡くなっていた。

父の岸本さんは、それから一人で娘を育てた。

宍道湖のシジミ漁師だ。

娘の結婚の話に、岸本さんはこう答えたという。

「結婚は勝手にしろ。ばってん、式には出ん」

二人は、それでも諦めなかった。

「みんなに祝ってもらいたいんです」

美咲さんが初めて私の目を見て言ったのが、その一言だった。

私は、通うことにした。

式場のプランナーの仕事の範囲を、たぶん少し越えていた。

それでも、あの目を見てしまったあとで、書類だけ整える気にはなれなかった。

最初に断られたのは、玄関にも上がれなかった日だ。

引き戸が二十センチだけ開いて、そこから低い声がした。

「話すことはなか」

「一分でいいので」

「一分でも、なか」

戸が閉まって、内側から鍵の音がした。

野津さんは、その戸の前で頭を下げたまま、しばらく動かなかった。

雨が降りはじめて、彼のスーツの肩が黒くなっていった。

「今日は帰りましょう」

「……もう一回だけ、声をかけます」

三十九歳の男の人が、そんなふうに立ち尽くすのを見たのは初めてだった。

※

シジミ漁は、朝が早い。

暗いうちに船を出して、九時前には桟橋に戻る。

私は始発より前に家を出て、湖岸で待った。

岸本さんの船は、いつも同じ場所に舳先を寄せる。

鋤簾を引き上げる音は、砂利を袋いっぱいに詰めて振るような、重い音がした。

「おはようございます」

「……また来たとかね」

「また来ました」

岸本さんは私を見ずに、網の中の貝を選り分ける。

小さいものは、迷いなく湖へ戻す。

その手つきだけは、ずっと優しかった。

「あんたは関係なかろうが」

「関係ないです」

「ほんなら帰りない」

「はい。明日また来ます」

この会話を、私は数えただけで十一回した。

十二回目に、岸本さんは初めて、湯気の立った紙コップを私に押しつけた。

シジミの味噌汁だった。

塩が強すぎて、私は思わずむせた。

岸本さんは、ふん、と鼻を鳴らして船に戻った。

「漁師の味付けやけん」

それが、その日の唯一の会話だった。

※

打ち合わせは、月に二度のペースで続いた。

美咲さんは、母親の写真を一枚だけ持ってきた。

若いお母さんが、抱っこ紐で赤ん坊を抱えて、湖のほうを向いて笑っている。

「これしか、うちには残っとらんとです」

「充分ですよ」

「お母さん、髪が長かったでしょう」

「そうですね」

「うちの髪、お父さんが結いよったとです。小学校のあいだ、ずっと」

漁で節くれ立った指で、細い髪をまとめる朝を想像した。

「上手やったですか」

「下手でした。毎朝、ひきつって痛かったです」

美咲さんはそう言って、初めて声を立てて笑った。

「ばってん、一回も遅刻せんかった」

ドレスは、袖のあるものを選んだ。

肩が出るのは恥ずかしい、と本人が言ったからだ。

本当は、写真の中のお母さんが、袖のある服を着ていたからだと、あとで知った。

※

通いはじめて三か月で、私は正直、すり減っていた。

二人の不安も、岸本さんの拒絶も、全部いったん私のところへ集まる。

夜、事務所で一人になると、面倒だ、と思ってしまう日もあった。

思ってしまう自分が、いちばん嫌だった。

蔵をこの仕事に貸してくれている大家さんが、そんな私を見て言った。

八十を過ぎた、もと醤油屋の主人だ。

「あんた、醤油はな、樽の中で三年寝かせるとよ」

「はい」

「毎日ふたを開けて覗いても、三年は三年やけん」

「……気の長い話ですね」

「そのあいだ、樽ば温めとくのが、蔵人の仕事たい」

温める、という言い方が、その晩からずっと胸に残っている。

私にできるのは、たぶん、そういうことなのだと思った。

美咲さんから電話がかかってきたのは、そんな時期だ。

「先生、もうよかです」

私は先生ではないのだが、彼女は最後までそう呼んだ。

「父には、うちが謝ります」

「何を謝ると?」

「……勝手に、大人になったことです」

受話器を持ったまま、私は言葉を探した。

探しているあいだに、彼女が先に言った。

「お母さんが生きとったら、違うたのかなあ、て」

その晩、私は式次第の紙をひっくり返して、裏に何度も、父、と書いた。

※

そのころ、妙なことが一つ起きていた。

事務所の勝手口に、名前のない袋が置かれるようになったのだ。

月に二度、決まって打ち合わせの翌朝だった。

中身は、砂を吐かせたシジミ。

きれいに大きさが揃えてあった。

近所の漁協の人かと思って何度か聞いたが、誰も知らないと言う。

私は袋を開けるたび、誰にともなく、ありがとうございます、と口の中で言った。

半年のあいだ、置き主はわからないままだった。

※

電話が鳴ったのは、翌週の火曜の夜だった。

岸本さんからだった。

「あんた一人と、話したか」

正直、怖かった。

何を言われるのだろう、と思った。

指定されたのは、湖岸の古い待合所だった。

漁協の人が休憩に使う、ベンチと自販機しかない場所だ。

行くと、岸本さんは長靴のまま座っていた。

顔も声もいつも通り怖いのに、その日はずいぶん静かだった。

「座りない」

缶のお茶を一本、私の膝の横に置いた。

それから、岸本さんは娘の話を始めた。

※

生まれた日、雪が降っていたこと。

病院まで軽トラで走って、途中でチェーンが外れたこと。

小学校の運動会で張り切って走ったら、転んで、娘に「お父さん恥ずかしい」と言われたこと。

中学の修学旅行から帰った日、仕事から戻ると、卓袱台の上に小さな包みが置いてあったこと。

中身は、真鍮の小さな方位磁針だった。

「船に貼っとります。もう十年、貼りっぱなしで」

高校に入ってから、話しかけても返事が短くなったこと。

それでも、干した網の破れは、いつのまにか繕ってあったこと。

「結婚したい人がおる、て言われたときはな」

岸本さんは、そこで初めて言葉に詰まった。

「……頭ん中が、まっ白になりました」

私は、缶を開けられないまま聞いていた。

「娘が、かわいかとです」

「はい」

「あの子が選んだ男に、間違いはなかと思うとります」

「はい」

「ばってん、気持ちの整理が、つかんとです」

湖のほうで、水鳥が一度だけ鳴いた。

それから岸本さんは、いちばん言いにくそうに、こう言った。

「……結婚式ちゃ、どげな服ば着りゃええとですか」

「え」

「わし、もう何年も、服ば買うとらんとです」

私は、その場ではただ、いっしょに見に行きましょう、としか言えなかった。

帰り際、岸本さんが一度だけ振り返った。

「あんた、シジミは好いとるとかね」

「好きです。味噌汁が」

「……そうね」

それだけだった。

帰りの車の中で、ハンドルを握ったまま、しばらく動けなかった。

※

その週の日曜、美咲さんと岸本さんと私の三人で、松江の紳士服店に行った。

岸本さんは店に入るなり、値札のほうばかり見ていた。

店員さんが肩幅を測って、少し困った顔をした。

「お父さん、腕が太いですね」

「仕事やけん」

美咲さんが吹き出して、岸本さんが赤くなった。

試着室から出てきた岸本さんは、鏡を見ずに私を見た。

「変やなかですか」

「変じゃないです」

「ほんとに」

「ほんとに」

美咲さんは何も言わずに、父親のネクタイの結び目を、指先で少しだけ直した。

岸本さんは、直されているあいだ、天井を見ていた。

※

私が礼服のことを知ったのは、その帰りだ。

岸本さんの家に上がって、お茶をいただいた。

仏壇の前を通ったとき、鴨居に掛かったものが目に入った。

岸本さんの家の鴨居には、一度も袖を通した跡のない礼服が、埃よけの紙をかぶって掛かっていた。

折り目が立ったままだった。

肩の線が、今日買ったものより、明らかに細かった。

「……お父さん、あれ」

岸本さんは湯呑みを置いて、しばらく黙っていた。

それから、紙をめくって袖の内側を見せた。

紙をめくると、防虫剤の匂いが立った。

生地は上等なもので、十九年ぶんの埃をかぶってなお、光の当たり方で艶が動いた。

胸のポケットには、しつけ糸が白いまま残っていた。

仕立て札が、糸で留めたまま残っていた。

仕立て札の日付は、美咲さんが生まれた年の、秋になっていた。

「服がわからんのやない。十九年前に誂えた一着が、もう入らんかっただけです」

私は、返す言葉を持たなかった。

※

岸本さんは、ぽつりぽつりと話した。

娘が生まれた秋、妻と二人で町の洋服屋へ行ったこと。

漁師が礼服など、と笑われたこと。

それでも、いつか娘を送り出す日に着ると決めて、無理をして誂えたこと。

妻が、仕立て札を切ろうとした岸本さんの手を止めたこと。

「初めて着る日まで、これは取ったらいけんよ」

妻はそう言って、笑ったのだという。

その妻が、六年後にいなくなった。

最期の入院のあいだ、妻は一度だけ、あの服の話をしたのだという。

「あれを着る日はね、泣いてもよかとよ」

岸本さんは、その言葉を娘には話さなかった。

話せば、娘が急ぐ気がしたからだ、と言った。

礼服は鴨居に掛かったまま、十九年が過ぎた。

そのあいだに、岸本さんの肩は、鋤簾の重さのぶんだけ厚くなった。

娘に髪を結うために覚えた指の使い方も、そのぶん、どこかへ行った。

腕は、湖の泥のぶんだけ太くなった。

「あれが入らんかったとき、わし、思うたとです」

「なんて」

「……この十九年で、わしは、あの日の約束から、はみ出してしもうたとやなかろうか、て」

式には出ん、と言った理由は、そこにあった。

娘が嫌いだったのでも、相手が気に入らなかったのでもない。

約束の服が入らなくなった自分に、送り出す資格がない気がした、というだけの理由だった。

※

その夜、私は美咲さんに電話をかけた。

礼服のことを、話していいかどうか迷った。

迷ったが、話した。

受話器の向こうで、しばらく音がしなかった。

それから、鼻をすする音がした。

「うち、ずっと、嫌われとると思うとりました」

「違いました」

「……お母さんの言うたこと、うち、知らんかった」

隣で聞いていた野津さんも泣いていた。

結局、三人で泣いた。

電話を切ってから、私は事務所の窓を開けた。

湖から夜の風が入って、書類が一枚、床に落ちた。

拾い上げると、それは半年前の、いちばん最初の打ち合わせの紙だった。

最後の行の書き足しが、まだそこにあった。

仕事にならなかった。

※

式は、蔵の梁の下で挙げた。

当日の朝、厨房の責任者が私を呼びに来た。

勝手口に、いつもの袋が置いてあったのだという。

ただし今日のは、量がふだんの三倍あった。

袋の口に、水仕事で荒れた指で結んだとわかる、不器用な結び目がついていた。

厨房長が、汁物を一品足しましょう、と言った。

その日の献立に、急きょ、シジミの吸い物が入った。

半年ぶんの答え合わせが、式の一時間前に終わった。

六月で、湖から風が入って、白い布が始終ゆれていた。

岸本さんは、新しいスーツを着ていた。

バージンロードでは、娘より半歩だけ前を歩こうとして、途中で気づいて歩幅を戻した。

「お父さん、速い」

「……すまん」

参列者が小さく笑った。

吸い物が出たとき、岸本さんだけが箸を止めた。

椀の蓋を持ったまま、しばらく湯気を見ていた。

美咲さんが、隣から小さな声で聞いた。

「お父さん、これ」

「……知らん」

「うそ」

「知らんて言うたら、知らんとよ」

耳まで赤くして、岸本さんは椀を空にした。

披露宴の終わり、ブーケトスの時間になった。

美咲さんは、後ろを向いたまま、なぜか投げなかった。

きょろきょろと、こちらを探している。

それから振り返って、まっすぐ歩いてきた。

私の前で足を止めて、両手でブーケを差し出した。

「先生に、受け取ってほしかとです」

拍手が起きた。

あとで知ったのだが、二人と岸本さんは、この半年のことを参列者に全部話していたらしい。

私はブーケを抱えたまま、蔵の壁の染みを数えていた。

そうでもしないと、立っていられなかった。

手が震えていたのを、いまでも覚えている。

※

見送りのとき、岸本さんが私のところへ来た。

背広の胸に手を当てて、小さく畳んだ紙のようなものを取り出した。

十九年前の仕立て札だった。

糸を切って、外してきたのだという。

「今日でようやく、こら外してよかとですね」

「はい」

「……あんたには、迷惑ばかりかけました」

「迷惑じゃないです。仕事です」

言ってから、それは嘘だな、と自分で思った。

仕事の範囲は、とうに越えていた。

越えてよかった、と思える仕事が、人生に何度あるだろう。

※

二次会が終わって、蔵の片づけをしていたら、裏の駐車場に人影があった。

岸本さんと美咲さんが、軽トラの荷台に並んで腰かけていた。

ドレスのまま、白い裾を膝に抱えている。

二人とも湖のほうを向いて、何も話していなかった。

三十分ほど、そのままだったと思う。

帰り際、美咲さんが荷台から降りるとき、岸本さんが手を出した。

美咲さんはその手を取らずに、父親の肘のあたりを掴んで降りた。

手を取らなかったのは、たぶん、まだ照れがあったからだ。

それでも岸本さんは、出した手をゆっくり下ろして、少しだけ笑った。

「重うなったな」

「失礼な」

軽トラのエンジンがかかって、テールランプが湖岸の道を遠ざかっていった。

※

出過ぎた真似をしたのではないか、と考える夜は、今でもある。

自分のやり方が正しいのかどうかも、正直わからない。

それでもあの日、何人もの人が「よか式やったね」と言って帰っていった。

それだけで、もういい。

美咲さんは今、隣町のスーパーの惣菜売り場で働いている。

シジミの佃煮の売り場が、いちばん回転がいいのだと、去年の年賀状に書いてあった。

今年の正月にも、年賀状が届いた。

美咲さんと野津さんと、小学生になった女の子と、その子を膝に乗せて締まりのない顔をした岸本さん。

写真の隅に、船が写っている。

舵の横に、真鍮の方位磁針が、まだ貼りついているのが見えた。

事務所の棚のブーケは、もうすっかり色を失っている。

乾いて色を失っても、あの日の重さだけは、まだ手のひらに残っている。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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