手渡しのブーケ

事務所の棚に、色の抜けたブーケが一つ、逆さに吊るしてある。

十二年前のものだ。

ブーケトスで投げられなかったブーケを、私は一度だけ受け取ったことがある。

投げられたのではない。

新婦が、ドレスの裾を持ち上げて歩いてきて、私の手のひらに直接置いていった。

あの日のことを話すには、その前の半年を話さないといけない。

私は、宍道湖の畔の小さな式場でプランナーをしている。

式場といっても、もとは醤油蔵だった建物だ。

梁は黒く、雨の日には木と塩の混じった匂いが、床の低いところに溜まる。

窓からは湖が見えて、夕方になると水面が橙色から鉛色へ、ゆっくり色を変える。

年に三十組ほど。

数だけ見れば、都会の式場の一か月分にも満たない。

それでも十二年前のあの一組を、私はいまだに手放せずにいる。

新婦の美咲さんは十九歳だった。

新郎の野津さんは三十九歳。

二十歳の差だ。

最初の打ち合わせに来たとき、美咲さんは膝の上で両手を握ったまま、ほとんど私の顔を見なかった。

代わりに野津さんが、几帳面な字で書いた紙を広げた。

予算、日取り、招く人の数。

最後の行に、一行だけ書き足しがあった。

「新婦の父に、出席していただきたい」

私が顔を上げると、美咲さんが小さく言った。

「……たぶん、無理やと思います」

美咲さんのお母さんは、美咲さんが六つのときに病気で亡くなっていた。

父の岸本さんは、それから一人で娘を育てた。

宍道湖のシジミ漁師だ。

娘の結婚の話に、岸本さんはこう答えたという。

「結婚は勝手にしろ。ばってん、式には出ん」

二人は、それでも諦めなかった。

「みんなに祝ってもらいたいんです」

美咲さんが初めて私の目を見て言ったのが、その一言だった。

私は、通うことにした。

式場のプランナーの仕事の範囲を、たぶん少し越えていた。

それでも、あの目を見てしまったあとで、書類だけ整える気にはなれなかった。

最初に断られたのは、玄関にも上がれなかった日だ。

引き戸が二十センチだけ開いて、そこから低い声がした。

「話すことはなか」

「一分でいいので」

「一分でも、なか」

戸が閉まって、内側から鍵の音がした。

野津さんは、その戸の前で頭を下げたまま、しばらく動かなかった。

雨が降りはじめて、彼のスーツの肩が黒くなっていった。

「今日は帰りましょう」

「……もう一回だけ、声をかけます」

三十九歳の男の人が、そんなふうに立ち尽くすのを見たのは初めてだった。

シジミ漁は、朝が早い。

暗いうちに船を出して、九時前には桟橋に戻る。

私は始発より前に家を出て、湖岸で待った。

岸本さんの船は、いつも同じ場所に舳先を寄せる。

鋤簾を引き上げる音は、砂利を袋いっぱいに詰めて振るような、重い音がした。

「おはようございます」

「……また来たとかね」

「また来ました」

岸本さんは私を見ずに、網の中の貝を選り分ける。

小さいものは、迷いなく湖へ戻す。

その手つきだけは、ずっと優しかった。

「あんたは関係なかろうが」

「関係ないです」

「ほんなら帰りない」

「はい。明日また来ます」

この会話を、私は数えただけで十一回した。

十二回目に、岸本さんは初めて、湯気の立った紙コップを私に押しつけた。

シジミの味噌汁だった。

塩が強すぎて、私は思わずむせた。

岸本さんは、ふん、と鼻を鳴らして船に戻った。

「漁師の味付けやけん」

それが、その日の唯一の会話だった。

打ち合わせは、月に二度のペースで続いた。

美咲さんは、母親の写真を一枚だけ持ってきた。

若いお母さんが、抱っこ紐で赤ん坊を抱えて、湖のほうを向いて笑っている。

「これしか、うちには残っとらんとです」

「充分ですよ」

「お母さん、髪が長かったでしょう」

「そうですね」

「うちの髪、お父さんが結いよったとです。小学校のあいだ、ずっと」

漁で節くれ立った指で、細い髪をまとめる朝を想像した。

「上手やったですか」

「下手でした。毎朝、ひきつって痛かったです」

美咲さんはそう言って、初めて声を立てて笑った。

「ばってん、一回も遅刻せんかった」

ドレスは、袖のあるものを選んだ。

肩が出るのは恥ずかしい、と本人が言ったからだ。

本当は、写真の中のお母さんが、袖のある服を着ていたからだと、あとで知った。

通いはじめて三か月で、私は正直、すり減っていた。

二人の不安も、岸本さんの拒絶も、全部いったん私のところへ集まる。

夜、事務所で一人になると、面倒だ、と思ってしまう日もあった。

思ってしまう自分が、いちばん嫌だった。

蔵をこの仕事に貸してくれている大家さんが、そんな私を見て言った。

八十を過ぎた、もと醤油屋の主人だ。

「あんた、醤油はな、樽の中で三年寝かせるとよ」

「はい」

「毎日ふたを開けて覗いても、三年は三年やけん」

「……気の長い話ですね」

「そのあいだ、樽ば温めとくのが、蔵人の仕事たい」

温める、という言い方が、その晩からずっと胸に残っている。

私にできるのは、たぶん、そういうことなのだと思った。

美咲さんから電話がかかってきたのは、そんな時期だ。

「先生、もうよかです」

私は先生ではないのだが、彼女は最後までそう呼んだ。

「父には、うちが謝ります」

「何を謝ると?」

「……勝手に、大人になったことです」

受話器を持ったまま、私は言葉を探した。

探しているあいだに、彼女が先に言った。

「お母さんが生きとったら、違うたのかなあ、て」

その晩、私は式次第の紙をひっくり返して、裏に何度も、父、と書いた。

そのころ、妙なことが一つ起きていた。

事務所の勝手口に、名前のない袋が置かれるようになったのだ。

月に二度、決まって打ち合わせの翌朝だった。

中身は、砂を吐かせたシジミ。

きれいに大きさが揃えてあった。

近所の漁協の人かと思って何度か聞いたが、誰も知らないと言う。

私は袋を開けるたび、誰にともなく、ありがとうございます、と口の中で言った。

半年のあいだ、置き主はわからないままだった。

電話が鳴ったのは、翌週の火曜の夜だった。

岸本さんからだった。

「あんた一人と、話したか」

正直、怖かった。

何を言われるのだろう、と思った。

指定されたのは、湖岸の古い待合所だった。

漁協の人が休憩に使う、ベンチと自販機しかない場所だ。

行くと、岸本さんは長靴のまま座っていた。

顔も声もいつも通り怖いのに、その日はずいぶん静かだった。

「座りない」

缶のお茶を一本、私の膝の横に置いた。

それから、岸本さんは娘の話を始めた。

生まれた日、雪が降っていたこと。

病院まで軽トラで走って、途中でチェーンが外れたこと。

小学校の運動会で張り切って走ったら、転んで、娘に「お父さん恥ずかしい」と言われたこと。

中学の修学旅行から帰った日、仕事から戻ると、卓袱台の上に小さな包みが置いてあったこと。

中身は、真鍮の小さな方位磁針だった。

「船に貼っとります。もう十年、貼りっぱなしで」

高校に入ってから、話しかけても返事が短くなったこと。

それでも、干した網の破れは、いつのまにか繕ってあったこと。

「結婚したい人がおる、て言われたときはな」

岸本さんは、そこで初めて言葉に詰まった。

「……頭ん中が、まっ白になりました」

私は、缶を開けられないまま聞いていた。

「娘が、かわいかとです」

「はい」

「あの子が選んだ男に、間違いはなかと思うとります」

「はい」

「ばってん、気持ちの整理が、つかんとです」

湖のほうで、水鳥が一度だけ鳴いた。

それから岸本さんは、いちばん言いにくそうに、こう言った。

「……結婚式ちゃ、どげな服ば着りゃええとですか」

「え」

「わし、もう何年も、服ば買うとらんとです」

私は、その場ではただ、いっしょに見に行きましょう、としか言えなかった。

帰り際、岸本さんが一度だけ振り返った。

「あんた、シジミは好いとるとかね」

「好きです。味噌汁が」

「……そうね」

それだけだった。

帰りの車の中で、ハンドルを握ったまま、しばらく動けなかった。

その週の日曜、美咲さんと岸本さんと私の三人で、松江の紳士服店に行った。

岸本さんは店に入るなり、値札のほうばかり見ていた。

店員さんが肩幅を測って、少し困った顔をした。

「お父さん、腕が太いですね」

「仕事やけん」

美咲さんが吹き出して、岸本さんが赤くなった。

試着室から出てきた岸本さんは、鏡を見ずに私を見た。

「変やなかですか」

「変じゃないです」

「ほんとに」

「ほんとに」

美咲さんは何も言わずに、父親のネクタイの結び目を、指先で少しだけ直した。

岸本さんは、直されているあいだ、天井を見ていた。

私が礼服のことを知ったのは、その帰りだ。

岸本さんの家に上がって、お茶をいただいた。

仏壇の前を通ったとき、鴨居に掛かったものが目に入った。

岸本さんの家の鴨居には、一度も袖を通した跡のない礼服が、埃よけの紙をかぶって掛かっていた。

折り目が立ったままだった。

肩の線が、今日買ったものより、明らかに細かった。

「……お父さん、あれ」

岸本さんは湯呑みを置いて、しばらく黙っていた。

それから、紙をめくって袖の内側を見せた。

紙をめくると、防虫剤の匂いが立った。

生地は上等なもので、十九年ぶんの埃をかぶってなお、光の当たり方で艶が動いた。

胸のポケットには、しつけ糸が白いまま残っていた。

仕立て札が、糸で留めたまま残っていた。

仕立て札の日付は、美咲さんが生まれた年の、秋になっていた。

「服がわからんのやない。十九年前に誂えた一着が、もう入らんかっただけです」

私は、返す言葉を持たなかった。

岸本さんは、ぽつりぽつりと話した。

娘が生まれた秋、妻と二人で町の洋服屋へ行ったこと。

漁師が礼服など、と笑われたこと。

それでも、いつか娘を送り出す日に着ると決めて、無理をして誂えたこと。

妻が、仕立て札を切ろうとした岸本さんの手を止めたこと。

「初めて着る日まで、これは取ったらいけんよ」

妻はそう言って、笑ったのだという。

その妻が、六年後にいなくなった。

最期の入院のあいだ、妻は一度だけ、あの服の話をしたのだという。

「あれを着る日はね、泣いてもよかとよ」

岸本さんは、その言葉を娘には話さなかった。

話せば、娘が急ぐ気がしたからだ、と言った。

礼服は鴨居に掛かったまま、十九年が過ぎた。

そのあいだに、岸本さんの肩は、鋤簾の重さのぶんだけ厚くなった。

娘に髪を結うために覚えた指の使い方も、そのぶん、どこかへ行った。

腕は、湖の泥のぶんだけ太くなった。

「あれが入らんかったとき、わし、思うたとです」

「なんて」

「……この十九年で、わしは、あの日の約束から、はみ出してしもうたとやなかろうか、て」

式には出ん、と言った理由は、そこにあった。

娘が嫌いだったのでも、相手が気に入らなかったのでもない。

約束の服が入らなくなった自分に、送り出す資格がない気がした、というだけの理由だった。

その夜、私は美咲さんに電話をかけた。

礼服のことを、話していいかどうか迷った。

迷ったが、話した。

受話器の向こうで、しばらく音がしなかった。

それから、鼻をすする音がした。

「うち、ずっと、嫌われとると思うとりました」

「違いました」

「……お母さんの言うたこと、うち、知らんかった」

隣で聞いていた野津さんも泣いていた。

結局、三人で泣いた。

電話を切ってから、私は事務所の窓を開けた。

湖から夜の風が入って、書類が一枚、床に落ちた。

拾い上げると、それは半年前の、いちばん最初の打ち合わせの紙だった。

最後の行の書き足しが、まだそこにあった。

仕事にならなかった。

式は、蔵の梁の下で挙げた。

当日の朝、厨房の責任者が私を呼びに来た。

勝手口に、いつもの袋が置いてあったのだという。

ただし今日のは、量がふだんの三倍あった。

袋の口に、水仕事で荒れた指で結んだとわかる、不器用な結び目がついていた。

厨房長が、汁物を一品足しましょう、と言った。

その日の献立に、急きょ、シジミの吸い物が入った。

半年ぶんの答え合わせが、式の一時間前に終わった。

六月で、湖から風が入って、白い布が始終ゆれていた。

岸本さんは、新しいスーツを着ていた。

バージンロードでは、娘より半歩だけ前を歩こうとして、途中で気づいて歩幅を戻した。

「お父さん、速い」

「……すまん」

参列者が小さく笑った。

吸い物が出たとき、岸本さんだけが箸を止めた。

椀の蓋を持ったまま、しばらく湯気を見ていた。

美咲さんが、隣から小さな声で聞いた。

「お父さん、これ」

「……知らん」

「うそ」

「知らんて言うたら、知らんとよ」

耳まで赤くして、岸本さんは椀を空にした。

披露宴の終わり、ブーケトスの時間になった。

美咲さんは、後ろを向いたまま、なぜか投げなかった。

きょろきょろと、こちらを探している。

それから振り返って、まっすぐ歩いてきた。

私の前で足を止めて、両手でブーケを差し出した。

「先生に、受け取ってほしかとです」

拍手が起きた。

あとで知ったのだが、二人と岸本さんは、この半年のことを参列者に全部話していたらしい。

私はブーケを抱えたまま、蔵の壁の染みを数えていた。

そうでもしないと、立っていられなかった。

手が震えていたのを、いまでも覚えている。

見送りのとき、岸本さんが私のところへ来た。

背広の胸に手を当てて、小さく畳んだ紙のようなものを取り出した。

十九年前の仕立て札だった。

糸を切って、外してきたのだという。

「今日でようやく、こら外してよかとですね」

「はい」

「……あんたには、迷惑ばかりかけました」

「迷惑じゃないです。仕事です」

言ってから、それは嘘だな、と自分で思った。

仕事の範囲は、とうに越えていた。

越えてよかった、と思える仕事が、人生に何度あるだろう。

二次会が終わって、蔵の片づけをしていたら、裏の駐車場に人影があった。

岸本さんと美咲さんが、軽トラの荷台に並んで腰かけていた。

ドレスのまま、白い裾を膝に抱えている。

二人とも湖のほうを向いて、何も話していなかった。

三十分ほど、そのままだったと思う。

帰り際、美咲さんが荷台から降りるとき、岸本さんが手を出した。

美咲さんはその手を取らずに、父親の肘のあたりを掴んで降りた。

手を取らなかったのは、たぶん、まだ照れがあったからだ。

それでも岸本さんは、出した手をゆっくり下ろして、少しだけ笑った。

「重うなったな」

「失礼な」

軽トラのエンジンがかかって、テールランプが湖岸の道を遠ざかっていった。

出過ぎた真似をしたのではないか、と考える夜は、今でもある。

自分のやり方が正しいのかどうかも、正直わからない。

それでもあの日、何人もの人が「よか式やったね」と言って帰っていった。

それだけで、もういい。

美咲さんは今、隣町のスーパーの惣菜売り場で働いている。

シジミの佃煮の売り場が、いちばん回転がいいのだと、去年の年賀状に書いてあった。

今年の正月にも、年賀状が届いた。

美咲さんと野津さんと、小学生になった女の子と、その子を膝に乗せて締まりのない顔をした岸本さん。

写真の隅に、船が写っている。

舵の横に、真鍮の方位磁針が、まだ貼りついているのが見えた。

事務所の棚のブーケは、もうすっかり色を失っている。

乾いて色を失っても、あの日の重さだけは、まだ手のひらに残っている。

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