
今日、俺は養父に――
「おとん」って、言ってやったんだよ。
そしたらさ、いきなり泣き出したんだよ、あのおっさんが。
俺もなんか、つられて涙が止まんなくなってさ。
真冬の縁側で、男二人が並んで鼻水垂らしながら泣いてんの。会話もなく、ただ泣いてんの。
※
小学校4年の時だった。
両親と、弟と、妹が一緒に交通事故で亡くなった。
気がついたら、俺だけが残ってた。
最初は母方のじいちゃんが引き取ってくれた。
でも、中学に上がるころには、そのじいちゃんも逝ってしまった。
そこからの数年間、親戚をたらい回し。
誰かが面倒を見てくれることはあっても、家族って感じは一度もなかった。
「お前は居候なんだから」って、何度も言われた。
転校、転校、また転校。
俺、人生でどれだけ「はじめまして」を繰り返しただろう。
でも、勉強だけは続けた。逃げ場がなかったから。
※
そんなある日、中3の3学期になって、遠縁の夫婦が俺を引き取りたいって言ってきた。
疑う暇もなかった。俺、馬鹿だから。
その夫婦、驚くほどいい人だった。
「バイトして家賃入れます」って言ったら、鬼の形相で怒られた。
「お前はうちの家族だろうが!」って。
そこから、犬の散歩と風呂掃除が俺の仕事。
まるで家事手伝い。犬がまた可愛いのなんの。
※
ある日、朝からスーツ姿の養父と養母が、俺の前で進路相談の紙を広げた。
あれ、俺がゴミ箱に捨てたやつじゃん。
プライバシーとは…。
※
それがきっかけで初めての三者面談。
先生が言った。
「この子は、境遇にも負けずによく勉強しています。ぜひ高校に行かせてあげてください。」
頭を下げる先生のハゲ頭が眩しくて、泣けてきた。
でも養父はもっとすごかった。
「高校? 失礼な! この子には大学まで行ってもらう!」
もう、俺の人生勝手に決まった。
それでも勉強は続けた。家で、黙々と。
養母の夜食は最高だった。ジャコと鰹節のおにぎり、神。
※
高校、無事に合格。
隣で泣いてる養父母を見て、なんか…泣きたくなった。
剣道部に入って、大会ではほとんど勝てなかったけど、楽しかった。
準優勝した時の夕飯、すごかった。
養父が飲めない酒を飲んで、酔っ払って俺にビールすすめて怒られてた。
※
高校3年、いよいよ受験。
俺、国立大を狙った。
体壊しそうなくらい勉強して、見事合格!
ついでにダイエットにも成功して体重6キロ減!
※
大学生活、めっちゃ自由だった。
単位も自分で選べる。最高。
中学の担任に報告したら、電話口で号泣。
復讐、完了。
※
そして大学2年。
突然、養母が倒れた。
病名は胃がん。
夕日がカーテン越しに差し込んで、涙が止まらなかった。
※
半年後、あっけなく逝ってしまった。
死因は、眠っている時に嘔吐して、それが気管に入った窒息死。
俺、隣のソファで寝てたのに、何も気づけなかった。
※
葬式の日。
親戚たちがまた悪口を言い始めた。
「この子は人を不幸にするわ」って。
その時、養父が立ち上がって怒鳴った。
「うちの息子の悪口言ったやつは誰じゃ!」
マジ、ヤクザかと思った。
坊さんが固まってた。空気、読め。
※
骨になった養母を見て、箸を持つ手が震えた。
喉が締めつけられて、何も言えなかった。
※
今日。
庭を見つめる養父の背中が、小さく見えた。
「頑張ったねぇ……」
ぽつりとつぶやいたその声に、俺の心が崩れた。
俺、土下座した。
おでこに畳の跡がくっきりつくくらい、全力で。
「気づけなくてごめんなさい」
「本当にごめんなさい」
養父は俺を引きずり起こして、怒鳴った。
「お前は俺のなんじゃぁ!」
何度も何度も。
俺、勇気を振り絞って言ったんだ。
「……おとん」
その瞬間、涙が止まらなくなった。
二人で、「うぉぉぉおおおお!」って泣いた。
男二人、鼻水垂らして泣き叫んでた。
そして、おとんが言った。
「今度、お母さんにも言ってやってくれ」
「おう!」
俺、ぐしゃぐしゃの顔で、力強く返事した。
※
お母さん、ごめんなさい。
病気に気づけなくて、ごめんなさい。
喉を詰まらせたのに、気づけなくてごめんなさい。
心配ばかりかけて、ごめんなさい。
勇気がなくて、ごめんなさい。
お母さんって呼びたかったです。
本当に、心から呼びたかった。
でも、怖くて言えなかったんです。
返事がなかったらどうしようって。
だから、あなたが寝てる時に、こっそり呼びました。
あの時だけが、唯一の「お母さん」でした。
言えなかったこと、今も後悔しています。
ごめんなさい。
お母さん、大好きです。
あなたが作ってくれた、ジャコと鰹節のおにぎりが大好きでした。
あたたかいご飯が、嬉しかった。
あなたのだし巻き卵が、大好きでした。
お母さん、大好きです。
お母さん、お母さん、お母さん……
俺のお母さん。
うん。俺のお母さんだ。
※
とりあえず、週末に墓参り行って言ってくるわ。
お前ら、親は大事にしろよ。
じゃあな!