
遠足の日のことでした。
お昼ご飯の時間になり、担任の先生は子どもたちの様子を見ながら、芝生の上を歩いていました。
色とりどりのお弁当が並び、笑顔と笑い声があふれるなか、ふと向こうのほうに、ひときわ鮮やかなものが目に飛び込んできました。
気になった先生がそっと近づいてみると、それは小学三年生の女の子のお弁当でした。
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お弁当箱の中には、色とりどりの小さな花が、まるで絵本のようにぎっしりと敷き詰められていました。
そのあまりにも美しく、不思議なお弁当を見た瞬間、先生は言葉を失いました。
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その女の子には、遠足の数週間前まで、一緒に暮らしていたお母さんがいました。
けれど、不運にも交通事故で亡くなってしまい、今はお父さんと二人きりの生活を送っていました。
お父さんはタクシーの運転手さん。
日によって勤務が変わる仕事で、遠足当日はちょうど仕事の日でした。
それでも朝早く起きて、炊飯器でご飯だけは炊いてくれていたそうです。
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女の子は、自分で目覚ましをかけて起きました。
誰もいない台所で、お弁当箱にご飯をよそい、冷蔵庫を開けました。
そこにあったのは、梅干と沢庵だけ。
女の子は少しだけ考えて、卵を一つ取り出しました。
お母さんがよく作ってくれていた卵焼きを、自分で作ってみようと思ったのです。
けれど、うまく巻けず、ぐじゃぐじゃのままフライパンから外れたそれは、まるで黄色いくしゃくしゃの布のようでした。
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女の子は、それを白いご飯の上にのせました。
その瞬間、お母さんが作ってくれていた、可愛らしくて彩り豊かなお弁当の記憶がよみがえりました。
ハート型のにんじん、花形のウインナー、星形の卵焼き。
お友だちと比べても恥ずかしくない、むしろ自慢できるようなお弁当。
それを思い出した女の子は、はっとして、今日のお友だちのお弁当のことを考えました。
きっとみんなのお弁当は、カラフルで、おいしそうで、楽しそう。
そして、自分のお弁当箱を見下ろしたとき、そこには真っ白なご飯の上に、黄色いぐじゃぐじゃの卵焼きがひとつだけ。
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女の子は、お母さんの仏壇の前へ行きました。
手を合わせた後、そっと差してあった小さな花を一輪、また一輪と摘み取りました。
そして、卵焼きの上に、その花をそっと乗せたのです。
「これで……少しだけ、お母さんのお弁当に近づけるかな」
そんな思いを込めて、女の子はお弁当箱いっぱいに花を敷き詰めました。
そのお弁当を、彼女は大事そうに両手で抱えながら、遠足へ持って来たのでした。
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その話を知った担任の先生は、遠足から帰ったあと、職員室の隅で大声を上げて泣いたといいます。
女の子の家庭の事情は知っていたつもりだった。
でも、どこかで“理解しているつもり”でしかなかった自分に気づかされ、心の底から悔しさと申し訳なさで胸が詰まったのだそうです。
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お弁当箱いっぱいに咲いた小さな花たちは、女の子の小さな両手が綴った、母への愛と想いのかたちでした。
それは決して“可哀想”などという言葉では語りきれない、真っすぐで、強くて、やさしい――尊い気持ちそのものだったのです。