君たちがいた家

嫁と娘が、ひと月前に亡くなった。
交通事故だった。車は大破。単独事故だったらしい。
その知らせを受けたのは、出張先の根室にいたときだった。
何とかして帰ろうとしたが、どうやって帰ったのか、記憶がほとんどない。
気がつけば、病院の霊安室にいた。
包帯を巻かれたふたりが、冷たいベッドの上に横たわっていた。
娘は、全身ぐるぐる巻きだった。
あとで聞いた話では、車ごとぺしゃんこになっていたらしい。
だから、葬儀を前に火葬されることになった。
葬式は密葬だった。ほとんど親戚だけ。
でも、娘の幼稚園の先生と、嫁の勤め先の上司が来てくれた。
ふたりの骨壺を前にして、泣き崩れてくれた。
なのに、俺は涙が出なかった。
※
すべてが終わって、家に戻った。
干しっぱなしの洗濯物。作りかけの夕食。
焼こうとしていたお菓子の材料。つけっぱなしのパソコン。
画面には、クックパッドのレシピが映っていた。
※
夜が来ても、当然ながら一人。
朝が来ても、一人。
仕事に行く気にはなれず、家の中を少しずつ片付けていた。
すると、思い出が少しずつ、戻ってくる。
嫁の声。娘の笑顔。
その記憶が胸の奥を突き刺す。
もう、会えないんだ――。
そう実感したとき、三日間、俺は泣き続けた。
死のうとも思った。けれど、結局、死ねなかった。
臆病者だ。
※
毎朝、夢にふたりが出てくる。
決まって嫁は、玄関で俺を見送りながらこう言う。
「頑張ってね」
娘にキスをして、嫁にもキスをして、仕事に出ようとする。
その瞬間、誰かにこう言われて目が覚める。
「もう、いないんだよ」
寝るのが怖くなる。けれど、寝ればまたふたりが現れる。
「今日はチュウしてないよ」
そう言って、娘は少しすねた顔をする。
※
体が重い。気力が湧かない。
そんなとき、嫁はぬるめの白湯とビタミン剤を持ってきてくれた。
肩が凝ったと言えば、不器用な手つきで一生懸命揉んでくれた。
根室でハスカップを食べた話を、帰ってから聞かせようと思っていた。
焼き鳥弁当のことも話したかった。
家に帰る時には、蟹とエビとホタテと昆布を買って帰る予定だった。
娘には「まりもっこり」買ってくるって約束してたっけ。
スワンっていう道の駅から見えた景色、写メ送るって言ってたのにな……。
※
娘の小さな布団は、まだ敷きっぱなし。
嫁のカーディガンは、椅子にかかったまま。
そこに、ふたりが今でも暮らしているような気がして、動かせない。
※
周囲の人たちは言ってくれる。
「時間が解決してくれる」
本当にそうなんだろうか?
そんなふうに“乗り越えた”っていう人たちは、みんな超人なんじゃないか?
俺には、できそうにない。
君たちのいないこの世界を、生きていける気がしない。
それでも、また朝は来る。
君たちが夢で「頑張って」と言ってくれるかぎり――。