
私の甥っ子は、母親である妹が病気で入院したとき、
しばらくの間、私たち家族のもとで過ごすことになりました。
「ままが びょうきだから、おとまりさせてね」
そう言って、小さな体にリュックを背負い、私たちの家へやって来たのです。
※
甥っ子はもともとよく遊びに来ていたので、実家に来てもまったく人見知りすることなく、
昼間はじいじやばあば、そして『おねえちゃん』こと私と遊び、
ときには家族みんなで外食を楽しむこともありました。
※
夜になると、寝る相手を自分で選ぶのが楽しみだったようで、
「きょうは、じいじと ねる」
「きょうは、ばあばと ねる」
と、毎晩ニコニコしながら布団に入っていきました。
子どもらしい無邪気な笑顔で、
毎日を楽しそうに過ごしていたのです。
※
それでも、ふとした瞬間にこう言うことがありました。
「ままは、びょうき なおったかなぁ~」
でも寂しい?と尋ねると、決まって
「ううん、だいじょうぶ!」
と元気に答えていました。
※
「子どもなりに、気をつかっているんだよね…」
と、私たちはそう話しながらも、甥っ子が寂しい素振りを見せないことに驚き、そして少しだけ胸を痛めていました。
※
妹の入院から十日ほどが経ったある夜のことでした。
「きょうは、おねえちゃんと ねる~」
と私の布団に入ってきた甥っ子が、ぽつりとこう言いました。
「おねえちゃん、ぼく、あした おうちに かえるね。しばらく かえってないからね」
私は、その言葉に一瞬戸惑いました。
妹はまだ退院できる状態ではなく、帰れる目処も立っていなかったのです。
それでも私は、優しくこう返しました。
「そうだね、そのうち おうちに帰ろうね」
※
次の日、昼間の甥っ子はやはり元気で、いつも通りに遊びまわっていました。
家のことも、ママのことも何も言わず、ただ明るく過ごしていました。
そして夜になり、また私の布団に入ってきて、
昨日と同じ言葉を、もう一度言うのです。
「おねえちゃん、ぼく、あした かえるね」
※
私は思いました。
――この子は、本当はずっと、がまんしてるんだ。
ずっと、ママに会いたいんだ。
そのいじらしい姿に、胸がいっぱいになりながら、
私はこう言いました。
「そうだね。明日になったら、ママに会いに行こうか」
すると、甥っ子は少しだけ笑って、こう返してきました。
「おねえちゃん……あしたは、なかなか こないねえ」
※
私はその言葉に、言葉を失いました。
その小さな背中が、どれだけの寂しさを抱えていたのか、
やっと理解できた気がしたのです。
ふと横を見ると、隣の部屋から私たちの様子をそっと覗いていたばあばが、涙をこぼしていました。
※
そんな毎日を繰り返しながら、甥っ子は約一ヶ月もの間、私たちと一緒に暮らしました。
そしてようやく、妹の退院が叶い、ママと一緒に自宅へと帰る日がやってきました。
ママとパパが迎えに来たとき、甥っ子は目を輝かせて駆け寄っていきました。
何度も何度も「まま!」と叫びながら。
その姿を見た私たち家族は、もう言葉もなく、
ただ目頭を熱くしながら、その幸せそうな光景を見守ることしかできませんでした。
※
小さな体に、
大きな気持ちを詰め込んでいたあの日々。
あの子が見せてくれた笑顔は、
今も私の胸の奥に、あたたかく残っています。
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