
俺は母親が嫌いだ。
大嫌いだ。
おせっかいなところが嫌いだ。
何よりも、子どもを一番に考えるところが嫌いだ。
大学に入って一人暮らしを始めて、もう二年も経つのに。
赤ちゃんみたいに心配してくるところが嫌いだ。
今まで付き合った彼女よりも、誰よりも、俺のことを気にかけてくるところが嫌いだ。
金がなくなって「もっと送れ」と言えば、結局送ってくるくせに。
一度はしぶって、でも最後は折れるところが嫌いだ。
「こんな家に生まれてこなければよかった」
そう言うと、電話の向こうで本気で泣くところが嫌いだ。
俺は母親が嫌いだ。
とにかく嫌いだ。
だから、いちいち連絡してくるのが、うざかった。
だから、いつからか、電話が鳴るたびにため息をつくようになった。
そしてこの間。
そんな母親が死んだ。
毎日のようにかかってくる電話が、ただただ煩わしくて。
俺は携帯の電源を切っていた。
だから、通夜にも行けなかった。
知らせを受けた時には、もう全部終わっていた。
死因は、働き過ぎによる過労。
それに加えて、電話がつながらない俺を心配して、体調を崩したことも重なったらしい。
俺は母親が嫌いだ。
自分の給料の倍以上の仕送りをするために、無理をして働き過ぎるところが嫌いだ。
こんな俺のために、命を削るところが嫌いだ。
俺のせいで死んだ母親が嫌いだ。
五十年近い人生の、その半分を、俺に使ったところが嫌いだ。
自分の人生を後回しにして、俺のことばかり考えていたところが嫌いだ。
死ぬ直前まで、俺の声を聞きたがっていたところが嫌いだ。
俺が毎日、ネットに入り浸っていることも知らないで。
俺がどれだけ冷たくしていたかも知らないで。
それでも、最後まで働き続けたところが嫌いだ。
俺は母親が嫌いだ。
嫌いだった。
だから、遠ざけた。
だから、逃げた。
だから、電源を切った。
そして、間に合わなかった。
母親の声を、最後に聞かなかった。
母親の手を、最後に握らなかった。
母親の目を、最後に見なかった。
俺は母親が嫌いだ。
嫌いだった。
だけど今なら分かる。
俺が嫌いだと言っていたものは、全部。
母親の愛だった。
重すぎるほどの愛だった。
受け止めきれないほどの愛だった。
だから、嫌いだとしか言えなかった。
怖かったんだと思う。
あんなふうに真っ直ぐに向けられる愛を、どう返せばいいのか分からなくて。
俺は、逃げる言葉として「嫌い」を使った。
母親の愛を、押し返すために。
今日をもって、俺はここを終わりにする。
今までみたいに、ただ時間を潰す場所に逃げるのをやめる。
嫌いだった母親に、してあげられなかった親孝行を。
今さらだけど、今からでも、始めたい。
母親がくれたものを、無駄にしたくない。
母親が命を削ってまで守ろうとした俺の人生を、投げ捨てたくない。
受け止めきれないほどの愛をくれた母親のために。
俺は、ちゃんと生きていく。
そう決める。
遅すぎるけど。
遅すぎるからこそ。
もう二度と、同じ後悔をしないために。