
チビが死んだのは、私が定年を三ヶ月後に控えた、十一月の朝のことだった。
妻からのメッセージで知った。出張先のホテルで、朝の六時に画面を開いたら「チビが逝きました」とだけ書いてあった。
それだけで、全部わかった。
チビとは十五年一緒に暮らした。もらってきたときはまだ子猫で、手のひらに乗るくらいの大きさだった。娘が拾ってきて、妻が「しょうがないわね」と言いながら世話をし始め、気づけば家族になっていた。
最初の頃は、私もよく遊んでやっていた。残業が少なかった時期で、夜の九時には帰れていた。チビが小さかった頃の写真が、スマートフォンの中にある。棒に吊るしたおもちゃを追いかけている写真と、肩に乗っている写真と、ひざの上で丸まっている写真。あの頃は、もう少し余裕があった。
名前のチビは、最初の頃の小ささからついた名で、大きくなってからも変わらなかった。体はそれなりに育ったが、なぜか声だけはずっと子猫みたいに細かった。
私が帰宅するたびに、玄関で待っていた。
どんなに遅くなっても、扉を開けると必ずそこにいた。深夜の二時でも、出張から戻った朝でも、いつも玄関のタイルの上に座って、こちらを見ていた。なぜ帰る時間がわかるのか、妻に聞いたら「ずっとそこにいるのよ」と言った。
玄関のタイルは冷たい。冬は特に冷えるから、妻がクッションを置いてやっていた。それでもチビはタイルの方が好きで、クッションを横にずらして直接タイルに座っていた。待ち方を変える気がないのか、あるいはタイルが好きなのか、理由はわからなかった。
ずっとそこにいる。それが、チビの居場所だった。
※
私は、チビとあまり遊んでやれなかった。
正確に言えば、遊ぼうと思えば遊べたのに、後回しにし続けた。
帰りが遅い日が多く、休みの日も仕事の資料を読んでいることが多かった。チビが膝に乗ってきたとき、「今は忙しい」と言って退かしたことが何度もある。「定年になったら一緒にいてやる」と、妻に言ったことがある。妻は「そのときチビが何歳だと思ってるの」と言った。
そのときチビは八歳だった。猫の平均寿命を考えれば、定年まで七年待てるかどうか、ぎりぎりだ。わかっていたはずだが、仕事が忙しいと頭の中から消えた。
年を重ねるにつれ、チビも変わっていった。若い頃は走り回っていたのが、いつからかソファから動かなくなり、玄関で待つ時間も短くなっていった。獣医に連れて行くと、高齢だからと言われた。
それでも、私が帰ると玄関に来た。足取りがゆっくりになっても、来た。よたよたしながら廊下を歩いてくる音が聞こえると、胸の中で何かが緩んだ。大したことではない。ただの猫が、ただそこに来るだけのことだ。でも、それがあることで、帰ってきた気がした。
最後の出張の前日、チビを膝に乗せた。久しぶりに、長い時間そうしていた。チビは目を閉じて、細い声で鳴いた。骨の感触がして、軽くなったと思った。
「三ヶ月後には定年だから、それからはずっとそばにいるよ」
そう言った。チビは目を開けなかった。鼻だけが、小さく動いていた。
膝の上の重さが、少し増したような気がした。あるいは、十五年分の時間が重なったのかもしれない。よくわからなかったが、しばらくそのままでいた。出張の準備がまだ終わっていたが、それより大事なことがそこにあった。
※
出張から戻ったのは、妻のメッセージを受け取った翌日だった。
早い便に変更して帰った。玄関を開けると、誰もいなかった。当たり前のことだが、その当たり前が、重くのしかかってきた。
妻がリビングにいた。チビはソファの上に寝かされていた。小さくなっていた。体の大きさは変わらないはずなのに、小さく見えた。
触ると、もう冷たかった。
「昨日の夕方に、玄関の方を向いて、静かに逝ったよ」
妻がそう言った。
私は何も言えなかった。玄関の方を向いて。最後まで、あそこにいたかったのか。それとも、誰かを待っていたのか。
考えたら、立っていられなくなった。ソファの前に座り込んで、チビの頭を撫でた。返事はなかった。当たり前だ。でも、返事がないことが、こんなに重いとは思わなかった。
妻が隣に座って、しばらく黙っていた。何か言おうとしているのがわかったが、言葉が出てこないのもわかった。二人で黙ったまま、チビのそばにいた。
「最後、苦しくはなかったよ」と妻がようやく言った。「眠るみたいに、静かだった」
それだけで、少しだけ息ができた。
※
チビを庭の隅に埋めた。小さな石を置いて、妻が好きだったというリンドウの花を供えた。
娘が仕事を休んで来てくれた。「チビ、いつもパパのこと待ってたね」と言った。責めているわけではない、ただそう言った。でも、それが一番重かった。
「うん、そうだったな」とだけ答えた。
妻が、首輪を持ってきた。
「外す気になれなくて、ずっと持っていたんだけど、一緒に埋めようか」
首輪は赤かった。娘が選んだものだ。十五年前に買ったものだから、くたびれていたが、チビが嫌がらずにつけていた唯一の首輪だった。
「一緒に埋めよう」と言った。
小さな穴に、首輪を置いた。
三ヶ月あれば、何ができただろうと思った。毎日一緒に昼寝できた。膝に乗せて、日向の中でぼんやりすることができた。三ヶ月、一緒にいられた。でも、三ヶ月が間に合わなかった。
「定年になったら」という言葉を、何度心の中で繰り返しただろう。定年になったら旅行に行く、定年になったら庭を作る、定年になったらチビと昼寝する。その全部が、チビに関してだけは、もう叶わなかった。
仕事が大事だと思っていた。家族を養うためだと思っていた。それは本当だ。でも、チビにとって、私は帰ってくる人だった。それだけだったのかもしれない。帰ってくるから、玄関で待っていた。それだけで十分だったのかもしれない。
十五年間、毎日帰るたびに、そこにいてくれた。深夜でも早朝でも。それだけのことを、チビはずっとしてくれていた。
※
それから三ヶ月後、定年退職した。
最後の一ヶ月は、なんとなく早く帰るようにした。仕事が終わったら長居せず、まっすぐ帰った。玄関を開けるたびに、そこが空いていた。空いているとわかっていても、目が行った。
妻が「チビのクッション、まだ置いといていいかしら」と聞いた。「置いといて」と言った。
最終日に会社を出て、電車に乗って家に帰った。玄関の扉を開けると、誰もいなかった。妻はパートで、まだ帰っていなかった。
静かな玄関に、しばらく立っていた。
妻のパートが終わって帰ってくるまで、三十分くらいあった。久しぶりに、何もしなかった。玄関に立って、ただそこにいた。
チビがいた場所を見た。タイルの上の、いつも座っていた場所。そこに何もなかった。
かがんで、タイルに手を置いた。冷たかった。
「ただいま」と言った。
誰にも聞こえない声で、一度だけ。
チビが小さかった頃、帰るたびに玄関で「ただいま」と言っていた。チビが来たときにそう言ったら、妻に「猫に言ってるの」と笑われた。「言って何が悪い」と言い返した。
今も変わらず、言った。聞いている誰かがいる気がして、どうしても言いたかった。
▶ 関連する話: ぴーちゃんとの思い出|愛の形