
私には、気が強くて、しっかり者のおばあちゃんがいた。
思春期に身長がぐんぐん伸びて、それを気にしていた私に向かって、
「あんた、でかいわねぇ」
と、悪びれもせず笑いながら言ってくるような人だった。
看護師の仕事が大好きで、定年を過ぎてもなお、現場に立ち続けていた。
「老後」と呼ばれる年齢になってもバリバリ働いて、忙しそうにしていた。
ある日突然、
「世界一周に行ってくるわ」
と言い残して、本当にしばらく帰ってこなかったこともある。
友だちと行くカラオケにハマって、週に何度も通いつめていた時期もあった。
いつ会っても、おばあちゃんはパワフルで、ちょっとやそっとではへこたれない人だった。
※
私が二十歳になったとき、成人のお祝いのお金をくれた。
ご祝儀袋を受け取りながら、「ああ、ちゃんと大人として見てくれているんだ」と嬉しくなった。
その少しあと、またおばあちゃんと会ったとき、もう一度お祝いのお金を渡された。
「おばあちゃん、前ももらったよ? またくれるの?」
私はそう言って、ちょっとからかうように笑った。
おばあちゃんは、少し照れたように笑いながら、
「あれ~、あぶないあぶない。お金いっぱい取られちゃうところだったわ」
と冗談めかして答えた。
そのときは、ただの「おちゃめなうっかり」だと思っていた。
でも、今思えば、あれが小さなサインだったのかもしれない。
※
いつの頃からか、おばあちゃんの家には、あちこちに手書きのメモが貼られるようになった。
「〇月〇日 ●●さん 14:00」
「△月△日 病院」
冷蔵庫、柱、電話の近く、玄関の壁。
どこを見ても、びっしりと予定が書かれた紙が貼ってあった。
テレビで「認知症予防に効果がある」と紹介された食べ物を、毎日のように欠かさず食べるようになった。
「ボケないようにしないと」
それが、おばあちゃんの口ぐせになった。
※
「何かを書くと、ボケ防止にいいらしいよ」
そんな話を聞いてから、私は一人暮らしをしているアパートから、おばあちゃんに手紙を書くようになった。
初めのうち、おばあちゃんから返ってくる手紙は、昔と変わらない、整った字で書かれていた。
漢字もきちんと使い分けられていて、文章も読みやすかった。
ポストに届いた封筒を開けるたび、便箋いっぱいに綴られた近況報告や、私を気遣う言葉が嬉しかった。
ところが、だんだんと文字の形が揺らぎ始めた。
読めない字が増えて、漢字が減り、ひらがなとカタカナが入り混じるようになった。
書いてあることも、いつも同じような内容が繰り返されるようになった。
「ごはんはたべてますか」
「からだにきをつけてね」
似たような文が、何度も何度も別の日付で届いた。
そのうち、おばあちゃんは自分で住所を書けなくなり、郵便局に出せなくなった。
代わりに、母がおばあちゃんの家から手紙を受け取って、私のもとへ届けてくれるようになった。
それでも、おばあちゃんは震える手で、一生懸命ペンを握り続けていた。
※
やがて、認知症は着実に進行していった。
おばあちゃんは、私のことが誰なのか分からなくなっていった。
久しぶりに会いに行って、「おばあちゃん、元気~?」と声をかけても、
そこにいるのは、どこかよそよそしく、愛想笑いを浮かべて会釈を返してくる「知らない若い子」に見えていたようだった。
私が何度名前を名乗っても、「ああ、そう」と曖昧に笑うだけの日が増えた。
そのうち、しゃべることも忘れ、食べ方も分からなくなり、トイレの仕方さえ思い出せなくなってしまった。
いつも前を向いていたおばあちゃんの背中が、少しずつ、小さく、弱々しくなっていくのを見るのは、とてもつらかった。
「もう数か月ももたないだろう」
医師にそう告げられた頃、私は結婚が決まった。
※
結婚が決まってすぐ、私は婚約者を連れて、おばあちゃんに会いに行くことにした。
コロナの影響で長いあいだ面会ができず、数年ぶりの再会だった。
いつもはほとんど目を閉じて眠ったままで、声をかけても反応がないと聞いていた。
正直、「私のことなんて、もう完全に忘れているかもしれない」と思っていた。
病室に入ると、おばあちゃんは細くなった体でベッドに横たわっていた。
それでも、その日は、ゆっくりと目を開けて、私たちの方を向いてくれた。
私はベッドのそばに近づき、耳元で何度も話しかけた。
「おばあちゃん、私ね、結婚するよ」
「来月、結婚式なんだよ」
「来年には、赤ちゃんも生まれるよ」
「だから、もう少し頑張ってね」
私のことが誰なのか、何年も前から分からなくなっていたはずのおばあちゃん。
なのに、そのときのおばあちゃんは、まばたきが急に早くなり、うるんだ目でこちらを見つめていた。
そして、弱々しいけれど、はっきりと首を縦に振り、何度もうなずいて声を出そうとしてくれた。
かすれたその声は、言葉にはならなかったけれど、「わかってるよ」と言ってくれているように聞こえた。
おばあちゃんの娘である母は、その姿を見て、
「こんなに反応するなんて……」
と、ぽろぽろ涙をこぼしていた。
私も涙をぬぐいながら、何度も何度も、おばあちゃんの名前を呼び続けた。
※
その一週間後、おばあちゃんは静かに息を引き取った。
訃報を聞いたとき、私の胸には不思議と「間に合った」という気持ちがあった。
お母さんは、涙を浮かべながら、こう言った。
「結婚式も、赤ちゃんも、天国からもっと近くで見守ることにしたんやね」
結婚式には、おばあちゃんの席もちゃんと用意した。
そこには、遺影と花と、小さなお菓子をそっと置いた。
※
昔、おばあちゃんとやりとりしていた手紙には、いつも同じ一文が書かれていた。
「**ちゃんがけっこんするの、たのしみだなァ」
何度返事を書いても、次に届く手紙にもまた、同じような言葉が綴られていた。
そのときは、「よっぽど楽しみにしてくれてるんだな」と笑っていたけれど、今は少し違う風に思う。
きっとおばあちゃんは、何度も何度も、その願いを自分に言い聞かせていたのだ。
「**ちゃんが結婚するところを、この目で見たい」
「その日が来るまで、しっかりしていなきゃ」
遅くなってしまったけれど、私はちゃんと報告に行くことができた。
おばあちゃんは、私の言葉を聞いてから、ようやく安心して旅立ったのかもしれない。
最後の最後まで、おばあちゃんは「しっかり者」のままだった。
天国から見ていてくれていると信じて、私は今日も、家族と一緒に前を向いて生きていこうと思う。
おばあちゃん、今まで本当にありがとう。