花嫁姿を見せたくて

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | 心温まる話 |

誓いの言葉

大学生の頃、仲の良かった友人のAちゃんは、同じ大学の彼氏B君と同棲を始めました。
まだ若かったふたりに、両親は「結婚はまだ早い。責任ある交際を」と諭していました。

そんなある日——
大学3年の春、Aちゃんの家族だけに悲しい知らせが伝えられました。
お父さんが癌を患い、余命は一年もないというものでした。

AちゃんとB君は、将来を真剣に考えていました。
けれど、お父さんの病状を知らされたとき、Aちゃんの胸には別の願いが芽生えました。

「お父さんに、私の花嫁姿を見せてあげたい」
「お父さんが生きているうちに、孫を抱かせてあげたい」

その思いから、ふたりは計画的に妊娠し、結婚を決意します。

妊娠を報告した日、Aちゃんは強く反対されました。
お父さんからは激しく叱責され、時には罵倒されることもありました。

けれど、それは当然の反応でした。
お父さんには、自分の病気のことは伝えられていなかったのです。

真意を語ることもできず、
Aちゃんはただ、信じて、耐えて、説得を続けました。

そしてある日、お父さんは静かに口を開きました。

「……わかった。結婚を許そう」
その声には、どこか遠くを見つめるような、穏やかな覚悟が滲んでいました。

結婚式の日。
お父さんは、痩せた体にスーツをまとい、車椅子を断って立ち上がりました。

足元はふらついていたけれど、
Aちゃんの手をしっかりと取り、チャペルのバージンロードをふたりで歩いたのです。

私は、その姿を涙なしには見られませんでした。
感動と切なさが胸をつきあげ、声を出して泣いてしまいました。

式の二ヶ月後、Aちゃんは元気な赤ちゃんを出産しました。
お父さんはその子を腕に抱き、優しい笑顔を浮かべました。

「ありがとう……本当に、ありがとうな」

そう呟いた一週間後、お父さんは静かに息を引き取りました。

葬儀のあと、遺品の中から一冊のノートが見つかりました。

そこには、
病気の進行を悟った日、
花嫁姿を見たときの喜び、
孫を腕に抱いたときの感謝——

数えきれないほどの想いが、丁寧な字で綴られていたのです。

ノートを読み終えたAちゃんは、声を上げて泣きました。
そして、ぽつりとこう言いました。

「……私、全部わかってたつもりだったけど、本当は何もわかってなかった」

その表情には、深い後悔と、
それ以上に深い、父への尊敬と感謝がありました。

家族とは、口には出せない思いや、
時間が限られているからこそ伝えたい愛が、
静かに息づいている場所なのだと思います。

この話を通じて、私はあらためて、
「大切な人に、今できることを惜しまない」
そんな生き方をしたいと心から思いました。

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