継母は私を名前で呼ばなかった
十四で継母を迎えた私を、くめさんは一度も名前で呼ばなかった。泣ける話としてお届けする長編の感動短編です。表具屋の土間に五十年、封を切らずに置いた三つの糊甕。五十…
続きを読む:継母は私を名前で呼ばなかった十四で継母を迎えた私を、くめさんは一度も名前で呼ばなかった。泣ける話としてお届けする長編の感動短編です。表具屋の土間に五十年、封を切らずに置いた三つの糊甕。五十…
続きを読む:継母は私を名前で呼ばなかった十七で硝子工場に入った俺の瓶を、七つ上の検品係すずさんは毎日そっと合格の箱へ入れていた。泣ける話としてお届けする長編の感動短編。五十八年後に口の右へ寄った一本が…
続きを読む:五十八年目に返ってきた瓶結婚してから五十年、私は夫の隠しごとを恨み続けました。毎年八月十四日だけ、あの人は何も言わずに家からいなくなるのです。継ぎ当てだらけの萌黄色の蚊帳と、桶屋の指に…
続きを読む:夫の隠しごとと蚊帳の裾寒天づくりの町に嫁いだ私は、四十年ものあいだ夫に小さな嘘をついていました。夫が毎冬とっておいた割れ寒天の行き先を、廃業を決めた最後の冬に、思いがけない訪問者から…
続きを読む:割れ寒天と四十年の嘘毎月おなじ一行だけを刷りに来た井戸掘り職人に、活版所の文選工だったわたしは勝手な一言を足した。いらんと言われたその紙を、五十年後に見知らぬ老女が財布の奥から出す…
続きを読む:五十年欠けていた一本の活字踵のゴムを替えて――彼はそう言って明日と笑い、明日は来なかった。義肢装具士の私が二十八年抱えた泣ける話。告別式でひとことも言葉をくれなかった彼の母と、二十八年後…
続きを読む:彼が明日と言った踵のゴム炭鉱の閉山で置いていかれた子を二十二人預かった母は、実の娘の私だけをいつも最後にした。子どもたちの茶碗は欠けたまま並び、私の茶碗だけがどこも欠けていない。三十年…
続きを読む:母が欠けさせなかった茶碗昭和のオホーツク沿岸。漁業無線局の見習い通信士だった俺は、顔も知らないまま声だけで知り合った娘に、見栄の嘘ばかりついていた。流氷が好きだと言い合った三年半の終わ…
続きを読む:来ない流氷を告げた朝昭和三十四年の奥能登。電気の来ない集落の分校で、十九歳のわたしは毎晩ランプの火屋を磨いていた。ようやく電線が届いた夜、村中に灯りがともるのに、分校だけが暗いまま…
続きを読む:彼が灯さなかった分校父の種袋には、売れ残りの古い種が入っているのだと思っていました。無口な父を見送り、二十四で小さな種苗店を継いだ春、私は触るなと言われた一番上の棚に手を伸ばします…
続きを読む:父が捨てなかった種袋昭和三十六年、堤防工事の飯場から転校してきた幼なじみに、私は兄のお下がりの運動靴を貸しました。学級費が消えた日、私は教室で黙りました。四十年後、同じ堤防の改修工…
続きを読む:彼は私の名前を履いていた泣ける話。昭和の山頂測候所で三時間ごとの観測を続けた私と、雪の道を荷を担いで上がってきた歩荷の保坂さん。ひとりで冬を回したあの年、彼は三日に一度登ってきた。四十…
続きを読む:彼は二十一回空身で登った父が遺した十七の巣箱のうち、一箱だけがいつも空だった。三年ぶりに雪を掘り返した私を待っていたのは、いつのまにか増えた三つの箱と、十六の夏にこの高原へ来た青年の話…
続きを読む:養蜂家の父が空けておいた箱三年ぶりに帰った実家で、祖母のラジオは今日も雑音だけを流していました。二人きりの食卓なのに、祖母は毎晩きまって大根を四つに切ります。その四つ目が誰の分なのかを知…
続きを読む:祖母は大根を四つに切った夜の峠で車の救援をする私は、十一年前、恋人だった彼にひとつだけ頼まれた。峠の霧が晴れる瞬間を見てきてほしい、と。報告するたび彼が聞いたのは「何時何分?」だけだっ…
続きを読む:彼は何時何分かだけ聞いたラクリマを応援する
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