
昨日の朝、女房と喧嘩をした。
いや、喧嘩なんてもんじゃない。酷いことをしてしまった。
原因は、前の晩の夜更かし。
寝不足で不機嫌なまま起きた俺の、最悪の寝起きだった。
「仕事行くの、嫌だよな…」
そう呟いたとき、もしあいつが何か返していたら――
多分俺は、それに噛みついていただろう。
それを、あいつはよく知っている。
過去にもそういうことがあったから。
だから、女房は何も言わなかった。
黙っていた――
それだけなのに、なぜか俺は、それが馬鹿にされているように感じた。
どうかしていた。完全な八つ当たりだった。
※
あいつが作ってくれた、あの朝の味噌汁。
湯気が立ってて、ものすごく美味そうだった。
それなのに――
俺は、それをぶちまけた。
味噌汁も、おかずも、全部ひっくり返して、暴言を吐いた。
女房は泣きながら、鍋に残った味噌汁を流しに捨てていた。
その姿が今も頭に焼きついて離れない。
ものすごく後悔した。
でも、謝ることもできず、用意してあった弁当も持たずに、
俺は虚勢だけを張って、家を飛び出した。
※
夜。
気まずさを引きずったまま、俺は帰宅した。
あいつはもう、実家に帰ったかもしれない。
そんな不安がずっと胸を締めつけていた。
でも、部屋の明かりは灯っていた。
それどころか――
どこか懐かしくて、あったかい、いい匂いまでしていた。
※
思い切ってドアを開けると――
女房が、俺の大好物のビーフシチューの鍋を抱えて立っていた。
笑っていた。
あんなことがあったのに、笑って出迎えてくれた。
「これで仲直りしよう」
そのひとことが、胸に突き刺さった。
涙が、こぼれそうだった。
※
本当なら、俺のほうが何か土産の一つでも買って帰るべきだった。
朝のことを詫びる、せめてもの気遣いぐらい、すべきだった。
なのに。
あいつは俺の何倍も優しかった。
何倍も大人だった。
※
もう二度と、自分の機嫌で女房に当たったりしない。
そう心に誓った。
本当は――
あの味噌汁が、食いたかったんだ。俺は。
あいつが、俺のために作ってくれた、朝の味噌汁。
あれが、食いたかったんだ。
だから、今度こそ、ちゃんと「ありがとう」って言おう。
ちゃんと、「ごめん」って言おう。
あの味噌汁のことも。
あの笑顔のことも。
ずっと忘れない。