色鉛筆のアルバムと母の宝物

母のアルバム

うちは貧乏な母子家庭で、俺が生まれた頃、家にはカメラなんてなかった。

だから母さんは、その代わりに色鉛筆で俺の姿を描いて、アルバムみたいにしてくれていた。

絵は決して上手とは言えない。

でも、どうにかして俺の成長を形に残したかったんだと思う。

仕事と家事の合間をぬって、母さんはほぼ毎日、赤ん坊の俺を一生懸命スケッチしていた。

布団の上で泣いている顔、ミルクを飲んでいる顔、寝返りを打とうとしている中途半端なポーズ。

どの絵も、少し歪んでいて、でもどれも俺だった。

絵の隣には、母さんの字でコメントが書き込まれていた。

「キゲンが悪いのかな??」

「すやすや眠ってます?」

「今日は初めて声を出して笑いました」

拙い文字と文末の「?」マークから、母さんの戸惑いと喜びがにじんでいた。

小学校四年生のある日、友達数人が家に遊びに来た。

かくれんぼの途中で、押し入れを勝手に開けた友達が、奥にしまってあったそのアルバムを見つけてしまった。

「なにこれ、写真じゃなくて絵じゃん!」

「しかもヘタクソ!」

「貧乏だからカメラも買えないんだろ?」

ページをめくるたびに、馬鹿にした笑い声が部屋に響いた。

顔がかっと熱くなって、恥ずかしさと悔しさで頭の中が真っ白になった。

友達が帰ったあと、俺はすぐに押し入れからアルバムを三冊引っ張り出した。

一枚一枚に母さんの時間と気持ちが詰まっていることは、頭のどこかで分かっていた。

それでも、さっきの笑い声が耳から離れなくて、怒り半分、情けなさ半分で、アルバムをバラバラに破いてゴミ箱に放り込んだ。

パートから帰ってきた母さんが、ゴミ箱の中の紙切れを見つけた。

破れた絵と、ちぎれたコメント。

最初、母さんは何が起こったのか分からないような顔をしていた。

事情を話すと、母さんはふっと目を伏せ、そのままぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「ごめん、ごめんね」

俺が悪いのに、謝っていたのは母さんの方だった。

友達に笑われたこと、貧乏を馬鹿にされたこと、情けなさと罪悪感が一気にこみ上げてきて、何も言い返せなかった。

その夜、母さんはいつもより口数が少なかった。

でも怒鳴りつけることもせず、ただ黙って夕飯を作り、いつも通り「おやすみ」と言って部屋の電気を消した。

翌朝、目を覚まして居間に行くと、母さんがテーブルの上で何かをしていた。

ゴミ箱から拾い集めた絵の破片を、一つひとつ丁寧に並べ直し、セロハンテープで貼り合わせていたのだ。

切れ目だらけで、ところどころ欠けている絵。

でも母さんは、その一枚一枚をまるで本物の写真みたいに、大事そうに扱っていた。

「恥ずかしい思いさせて、ごめんね」

母さんは申し訳なさそうに、でもとても優しい声でそう言った。

「でもね、これ、母さんの宝物なんよ」

破れた絵を撫でながら、そうつぶやいた母さんの横顔を、俺は今でも忘れられない。

胸の奥がぎゅっと締めつけられて、視界がにじんだ。

「ごめんなさい」

気づいたら、俺は声を震わせながら何度も謝っていた。

自分が恥ずかしかったのは、貧乏なことでも、絵が下手なことでもなく、誰よりも俺のことを思ってくれていた母さんの気持ちを、簡単に踏みにじってしまった自分自身だった。

大人になった今、あのときのアルバムは、もう元の形には戻っていない。

テープだらけのページが、押し入れの奥でひっそり眠っている。

それでも、ときどき実家に帰ると、母さんは照れくさそうにそれを取り出してくる。

「ほら、あんた、こんな顔して泣きよったんよ」

そう言って見せてくれる色鉛筆の赤ん坊は、相変わらず少し歪んでいて、でもどれも確かに“俺”だ。

カメラはなかったかもしれない。

けれど、あの絵の一枚一枚の中に、母さんがどれだけ俺を見つめてきたかが刻まれている。

あの日、破り捨てようとしたのは、写真ではなく、母さんの愛そのものだったのだと、今なら分かる。

あのときの「ごめんなさい」は、これから先もずっと言い続けたい。

そして同じくらい、こうも伝えたい。

あの色鉛筆のアルバムを残してくれて、本当にありがとう、と。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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