ふたりの幸せのかたち

もう五年も前のことになる。
当時、俺は無職だった。
そんな自分に、ひとりの彼女ができた。
きっかけは、彼女の悩みをたまたま聞いてあげたことだった。
正直なところ、最初は他人事のように思って、調子のいい言葉を並べていただけだった。
けれど彼女は、それだけで救われたと言ってくれた。
それからというもの、今度は彼女の方が、俺が無職に至った経緯を親身になって聞いてくれた。
傷を隠さず語り合ううちに、ふたりの距離は少しずつ縮まっていった。
※
彼女と一緒にいる時間は、何ものにも代えがたい幸せだった。
彼女が大好きだった。
けれど、結婚という言葉は当時の俺の中にはなかった。
無職だったこともあるし、それ以上に、彼女と一緒にいたいという想いに、形や制度は必要ないと思っていた。
子どもが苦手だったこともあって、なおさら結婚への意識は薄かった。
いつか仕事を始めたら、一緒に住みたいとは考えていた。
ただ、それが「結婚」である必要はないと思っていた。
大事なのは、ふたりが幸せであること。
それだけだった。
※
そんなある日、彼女に病気が見つかった。
子宮の癌だった。
医師の診断によれば、彼女はもう子どもを産むことができなくなるという。
彼女は泣きながら、俺に別れを告げてきた。
「私はもう、普通の女じゃないから。
あんたには、ちゃんと子どもを産める、普通の女の子と幸せになってほしいの」
彼女は、ずっと子どもが欲しいと言っていた。
それは彼女にとって、大切な夢だった。
その夢が叶わなくなった今、彼女は俺の未来を案じ、身を引こうとしたのだ。
癌が転移していれば、命だって危ういかもしれない。
そんな不安のなか、なおも俺を思ってくれた。
「俺が支えてやる。だから、そんなこと言わないでくれ」
「たしかに、子どものいる未来は失われたかもしれない。
だけど、お前との未来まで失くしたくない。
そばにいさせてくれ」
これは他人事だから言えた言葉じゃなかった。
俺には、どうしても彼女が必要だった。
優しくて、笑顔が可愛くて。
知らない子どもともすぐに仲良くなって、子どもと遊ぶ姿が本当に楽しそうで――
そんな彼女を、心から愛していた。
だからこそ、失いたくなかった。
もっと彼女の笑顔を見ていたかった。
※
そして、今。
俺は仕事を始めて、少しずつ社会に戻っている。
遠距離で暮らすふたりだけど、関係は今も続いている。
最近では、俺が仕事の悩みを聞いてもらう側になっている。
「あなたは二度も、あたしを救ってくれた。
だから今度は、あたしがあなたを守る番なんだよ」
彼女はそう言って、俺を支えてくれる。
いつか本当の意味で彼女を支えられる日は来るのだろうか――。
そう思いながら、今日も仕事に向かう。
無職だった過去。
親の脛をかじって生きてきたこと。
そして今でも、子どもを望めない彼女を紹介することができず、親不孝を重ねているという罪悪感。
彼女はそれをすべて理解したうえで、あの日、別れを選ぼうとしたのだ。
もしかしたら、彼女と一緒にいること自体が、俺にとっての親不孝なのかもしれない。
それでも、俺は俺たちの「幸せのかたち」を探していきたいと思う。
この先、ふたりに未来があるのかはわからない。
それでも今、彼女の姿が見えなくても、
遠く離れていても、
この胸に、確かに幸せはある。