毎年、誕生日の前夜に

夜の港とカセットレコーダー

あの部屋に入ったのは、秋の終わりのことだった。

片岡勇介が亡くなって、もうすぐ一年になる。

共通の友人から連絡をもらったとき、最初は間違いだと思った。三十五歳で心臓病で死ぬなんて、そんなことがあるのかと。声が出なくて、ただ電話口でうなずいていた。

受話器を置いてから、泣いた。八年ぶりに、彼のことを思って泣いた。

勇介と知り合ったのは、二十四歳のときだった。

共通の友人が開いた食事会で隣の席になって、なんとなく話が合った。グラフィックデザイナーの彼は、本が好きで、絵を描くのが好きで、でも人前でそれを言うのが少し照れくさそうだった。

私も似ていたのかもしれない。市立図書館で働きながら、好きなものをうまく言葉にできないタイプだった。

付き合っているとも言えないまま、毎週のように顔を合わせた。彼の部屋で映画を見て、清水の港沿いを歩いて、お互いのことをちょっとずつ話した。好きなものが似ていて、沈黙が苦にならなくて、そういう時間が心地よかった。ちゃんと告白もしないまま、でも確かにそういう気持ちがあった。

それが崩れたのは、知り合って一年ほど経ったころだった。

「もう会えないと思う」

ある夜、別れ際に彼がそう言った。笑ってもいなかったし、泣いてもいなかった。ただ静かに、それだけを言った。

理由を聞いても、言ってもらえなかった。ごめん、とだけ繰り返した。私は傷ついて、腹も立てた。なんで説明もなく終わらせるんだと。言葉が出てこなくて、ただ彼の背中を見送った。

後から友人づてに知った。彼がその年の春、拡張型心筋症と診断されていたことを。いつ悪化するかわからない病気で、移植待ちのリストに名前を入れていたことを。

「私を巻き込みたくなかったんだと思う」と、友人は静かに言った。

わかった、と思った。でも同時に、なんで教えてくれなかったのか、という気持ちも消えなかった。知っていたら、一緒にいたかった。少なくとも、そう言いたかった。それは八年が過ぎても、どこかに引っかかったままだった。

片岡さんの母親から電話があったのは、今年の秋になってからだった。

「息子が使っていた部屋を、来月引き払うことにして。あなたのことは何度も聞いていたから、もしよければ一度だけ来てもらえないかしら」

断る理由が、見つからなかった。

清水の港近くにある古いアパートは、八年前に何度も来た場所だった。錆びた郵便受けも、軋む階段も、変わっていなかった。不思議なほど、あのころのままだった。

部屋に入ると、整理はほとんど済んでいた。本棚だけが残っていて、母親が「本は図書館に寄付できないかしらと思って」と言った。私は棚の前に立って、並んだ背表紙をひとつひとつ確かめた。あのころ、一緒に読んだ本が何冊もあった。ふたりで感想を言い合った夜のことを、思い出した。

窓の外に、秋の港が見えた。曇り空を映した海が、鈍く光っていた。勇介が好きだった景色だと思った。

棚の奥の方に手をのばしたときだった。

何かが倒れる音がした。奥に隠れていたものが転がり出てきた。小さな四角い箱と、古いカセットレコーダー。

箱を開けると、ビニールの袋に入ったカセットテープが何本も入っていた。

「桜へ」

ラベルに、そう書かれていた。

全部で十本。一本ずつ、年号が書かれていた。二〇一六、二〇一七、二〇一八——最後は二〇二五まで。

手が震えた。

私は母親の方を振り返ったけれど、彼女はキッチンで作業をしていて、こちらに気づいていなかった。テープを一本だけ取り出して、レコーダーに差し込んだ。カセットは意外とすんなり動いた。

最初に少し間があってから、彼の声が入ってきた。

「桜、誕生日おめでとう」

それだけで、息が詰まった。

「二十七になったんだな。元気にしてるといいな」

穏やかな声だった。笑っているような声だった。

「最近どうしてる? まあ、答えてもらえないんだけど。だから一方的に話すね」

小さく笑う音がした。

「去年まで悩んでたんだけど、今年から録音することにした。渡せなくても、声に残しておけばいいかなと思って。ばかみたいだけど」

テープはそれだけで終わった。四分ほどの録音だった。私はしばらく、レコーダーを持ったまま立っていた。

その夜、持ち帰った箱を机に置いて、一本ずつ聴いた。

年ごとに、声が少しずつ違う。二十七のときの声は少し明るくて、三十になったときは落ち着いた低さがあった。三十二のテープでは、少し咳き込む場面があって、それが気になってもう一度巻き戻した。

ある年のテープには、私が大学院を辞めて市立図書館に就職したことが出てきた。

「司書になったんだな。見てたよ、SNSで。なんか、よく似合いそうだと思った。本に囲まれてる桜は、きっといい顔してると思う」

どこで見ていたんだろう。そんなこと投稿していただろうかと考えて、顔が熱くなった。

別の年のテープには、こんな言葉があった。

「誰かいい人できた? 幸せにしてもらってる? 俺はそれだけ願ってる。本当に、それだけ」

答えを求めていない声だった。ただ言葉を空気に放っているような、そういう声だった。

テープによっては、何気ない話が続くものもあった。最近読んだ本の話、季節の変わり目に体が辛いという話、仕事でうまくいったという話。どれも短くて、どれも私に向けて話しかけていた。

私は机の前に座ったまま、返事ができなかった。

十年分の声が、夜の部屋に積み重なっていった。窓の外では、港の方から風が吹いていた。

最後のテープを聴いたのは、深夜になってからだった。

二〇二五のテープは短かった。

「桜、三十四になったね」

背後に、静かな機械音がした。病院の音だとわかった。

「今年こそ、渡せると思ってた。先生に許可をもらって、会いに行くつもりだったんだ。でも体が、ついてこなくて」

声が少し、かすれていた。

「ずっと、ありがとうって言いたかった。俺のそばにいてくれた時間のこと。あのころのこと、全部、良かったと思ってる。幸せだったと思ってる。だから、ごめんね、なんて言わない。ただ、ありがとう」

録音はそこで終わっていた。

私はレコーダーを両手で持ったまま、しばらく動けなかった。

窓の外に、港の明かりが見えた。あのころよく歩いた、海沿いの道が見えた。秋の夜の空気が窓の隙間から入ってきて、冷たかった。

彼はずっと、毎年この時期に、ひとりでレコーダーに向かっていた。

誕生日の前夜に、届けるあてのない声を録音していた。

それが十年分、私の知らないところで続いていた。

涙が出たのは、しばらく経ってからだった。声も出なかった。ただ静かに、止まらなかった。

翌朝、母親に断って、テープを持ち帰ることにした。

「あの子が、あなたに渡そうとしていたものだから」と、彼女は何も聞かずに言った。目が少し赤くなっていた。

港沿いの道を歩いて、バスに乗った。膝の上でカセットの箱を抱えながら、窓の外を見ていた。

海が遠ざかっていった。あのころふたりで歩いた道が、後ろに流れていった。

十年分の声が、これからも私の手元にある。

返事ができなかった言葉が、たくさんある。

だから私は、次の誕生日の前夜に、レコーダーに向かおうと思った。答えは届かなくても、声に残しておけばいいと、彼が教えてくれたから。

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