あなたの腕に抱かれて

青空

娘を背に、
小さな日の丸の旗を振って、
あなたを見送ってから――

もう、半世紀が過ぎてしまいました。

たくましいあなたの腕に抱かれたのは、
ほんの、ほんのつかの間でした。

32歳で英霊となり、
天国へ旅立ってしまったあなた。

今、そちらではどう過ごしていますか。

私ももうすぐ、
宇宙船に乗って
あなたのそばへ行けそうです。

あなたは32歳のままの青年。
私は、傘寿を迎える年になりました。

おそばへ行ったとき、
「おまえはどこの人だ」なんて言わないでくださいね。

どうか、
「よく来た」と言って、
あの頃のように優しく寄り添って、
私をあなたの隣に座らせてください。

お逢いできたなら、
娘夫婦のこと、
孫たちのこと、

そして、
あなたと過ごしたあの若い日々のこと――

たくさん、たくさん話したいのです。

思いきり甘えてみたいのです。

あなたはきっと、
「そうか、そうか」と、
いつものように静かにうなずいて、
私を慰め、
「よくがんばったね」と、
褒めてくれるのでしょうね。

それから、
どうか、そちらの「きみまち坂」に
私を連れて行ってください。

春にはあでやかな桜の花、
夏にはみずみずしい新緑、
秋には妖艶なもみじ、
冬には清らかな雪模様――

そんな四季のうつろいの中を、
ふたりで手をつないで、
ゆっくり、ゆっくり歩いてみたいのです。

私はお別れしてからずっと、
あなたを思いつづけてきました。

あなたへの愛情を支えにして、
ひとり、この人生を歩いてきました。

どうか、もう一度――
あなたの腕の中で
静かに眠らせてください。

力いっぱい、
抱きしめてくださいね。

そして、
絶対に――離さないでください。

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