夜明け前に兄は立っていた

静かな港の夜明け

夜行バスを降りた時、函館の空はまだ暗かった。

港の方から潮の匂いが来て、それで初めて、遠くまで来たのだと気がついた。

鞄の底には、半分書きかけの辞表が入ったままだった。

三月の終わり、私は行き先をほとんど決めずに東京を出た。

上司に「お前には向いてない」と言われたのは、その前日の夜のことだった。

怒鳴られたわけじゃない。個室に呼ばれて、椅子に座らせられて、静かにそう言われた。

「向いてないというのは、努力でどうにかなる話じゃないんだよね」

そう言って、上司は資料に目を戻した。

それだけだった。続きはなかった。私は「はい」と言って個室を出て、エレベーターに乗って、オフィスに戻って、三時間残業してから帰った。

三年間、終電まで働いた。

週末も休まず入稿作業をこなし、先輩二人が相次いで辞めてからは一人で三人分の仕事を引き受けた。デザイン料の単価を上げる提案をしたら「まずは実績を積んでから」と言われ、翌月にはその仕事を外注に出した。それでも辞めなかったのは、信じていたからだ。ちゃんとやれば、いつか認めてもらえると。

「向いてない」の一言で、三年分が消えた。

その夜、デスクの引き出しに辞表を書いた。どうせ出せないだろうと思いながら書いた。翌朝、出社しようとして玄関に立ったら、気づいたらそれを鞄に入れていた。

そのままバスターミナルに向かった。どこに行こうか、三秒だけ考えた。

函館、と思った。

七年ぶりに帰る場所が思い浮かんだのは、他に行き場がなかったからだと思う。

兄の昭は、港に近い築四十年のアパートに一人で暮らしていた。

父が死んでから、家業の漁を一人で継いでいる。母は十五年前に家を出ていて、それ以来会っていない。だから家族と呼べる人間は、今は兄一人だった。

呼び鈴を押すと、しばらくして扉が開いた。

兄は私の顔を見た。それから、少し眉を動かした。何かを言いかけて、それでも黙って、うしろに引いた。

「入れ」

居間に通されると、焼き魚の匂いがした。テーブルの上に、手をつけていない定食がひとつあった。

「飯は食ったか」

「食べてない」

兄は台所に戻り、しばらくして同じものをもうひとつ持ってきた。鯖の塩焼きと、大根の味噌汁と、白飯だった。私たちはほとんど黙ったまま、それを食べた。

何があったのかは聞かれなかった。いつまで居るのかも聞かれなかった。

食べ終わって、兄が湯呑みを持ちながら窓の外を見た。港の方の空に、橙色の光が残っていた。

「風呂は九時に入れる」

それだけ言って、兄はテレビをつけた。

私は隣に座って、ニュースを見るともなく見た。東京の話がどこか遠くに感じた。

「押入れに布団あるから」と言われて、布団を出して、それだけだった。

眠れなかった。

薄い布団にくるまって、天井を見ていた。見知らぬ木目の染みを数えながら、辞表を出したあとのことを考えようとして、何も考えられなかった。

このまま東京に戻らなかったら、どうなるんだろうと思った。

次の家賃はどうする、契約更新は来月だ、手持ちの貯金は三ヶ月分しかない。そういうことは頭に浮かぶのに、それ以上先が見えなかった。見ようとすると、胸のあたりが重くなって、止まった。

午前三時を過ぎた頃、台所でごとごと音がした。

起き出してみると、兄が漁師のカッパを羽織っているところだった。テーブルには、古びた保温水筒が置いてあった。

父が漁師をしていた頃から使っていたものだった。紺色だったはずの塗装がところどころ剥げて、下地の金属がうすく光っている。小学生の頃、父がこれを持って毎朝出かけていくのを見ていた。中身はいつも番茶だと聞かされていた。

父が死んで、いつの間にか兄がそれを使うようになっていた。

「行くの」

「ああ」

兄は流し台のやかんを持ち上げて、番茶を水筒に注いだ。

その手つきを見ていたら、気がついたら声に出していた。

「一緒に行ってもいい」

兄は手を止めた。

数秒、何も言わなかった。それから水筒の蓋を閉めながら、「勝手にしろ」と言った。

「寒いから着込んで来い」とだけ付け加えて、兄は玄関に向かった。

三月の函館の夜明け前は、想像より寒かった。

波消しブロックの向こうに黒い海が広がっていた。街灯の光が水面にゆらゆらと映っていた。港には兄と同じカッパを着た男たちが黙々と動いていた。ロープを解く音、エンジンが唸る低い音、誰かが短く掛け声を出す声。

兄は仲間と二言三言やりとりして、船に乗った。私はそのあとについた。

甲板に立つと、街の灯りが遠ざかっていった。

兄は何も言わなかった。私も何も言わなかった。ただ、背中が目の前にあった。カッパの肩が波に合わせてゆっくり上下するのを、私はずっと見ていた。

兄はロープを扱い、網を確認し、エンジンの音に耳を澄ませた。慣れた動きだった。無駄がなかった。どの動作も、長い時間をかけて身体に入ったものに見えた。

東の空が、少しずつ白くなっていった。

海面が灰色から青みがかった銀色に変わり、やがて橙色の光がにじんできた。雲の縁が金色に輝いて、水平線の向こうから朝がやってきた。気づいたら、船の周りに海鳥が飛んでいた。兄が網を引くたびに、それが上がったり下がったりした。

どのくらいそうしていたかわからない。

風が冷たかった。耳が痛かった。それでも、いつの間にか息がしやすくなっていた。

東京では、気がついたらいつも息を詰めていた。エレベーターの中でも、会議室でも、コンビニのレジに並んでいる時でも。どこかで何かが来ると思って、身構えていた。

でも海の上には、そういうものがなかった。

ただ波があって、風があって、兄の背中があった。

それだけだった。

帰港した後、兄は桟橋で網の整理をしていた。

私はうしろに立って、それを見ていた。

兄の手はひどく荒れていた。指の関節が赤くなっていて、爪の縁に黒い線が入っていた。親指の側面にはいくつか傷があった。それが海の水に濡れて光っていた。

気づいたら、目から涙が出ていた。

なんで泣いているのかわからなかった。兄の手を見て、泣けてきた。それだけだった。

「東京に戻れないかもしれない」

言ってしまってから、しまったと思った。こんなことを言うために来たわけじゃなかった。ただ、口から出てしまった。

兄は手を止めなかった。ロープを巻きながら、低い声で言った。

「戻らなくていいんじゃないか」

それだけだった。

アドバイスでも慰めでもなかった。ただ、そう言った。

私はそれ以上何も言えなかった。波の音だけがあった。

「今日は魚持って帰れ。どうせ食うもんないだろう」

兄はそれだけ言って、また網に戻った。

私はうなずいて、波音を聞いていた。涙が止まらなかったけれど、それでいいような気がした。

あれから一年が経った。

私は今、函館でフリーランスのグラフィックデザイナーをしている。港の近くに小さな部屋を借りて、パソコン一台で仕事をしている。

東京時代の半分以下の収入だ。案件を選ばなければいけない月もある。でも、夜中に泣くことはなくなった。

毎朝、兄が出かける前に番茶を入れる。

父の古い水筒に、やかんのお湯を注いで。

兄はそれを受け取る時、何も言わない。ただ、手袋をしたままの手で水筒を握って、桟橋の方に歩いていく。

その背中が見えなくなるまで、私はいつも玄関先に立っている。

あの夜明けの海のことを、ときどき思い出す。

空が白くなっていくのを、私と兄は並んで見ていた。何も言わなかった。何も言わなくてよかった。それだけのことなのに、あの時間が今の私をここに立たせているのだと思う。

辞表は、結局出さなかった。

あの時の鞄は捨てたから、もう手元にはない。

でも、出さなくてよかったと思っている。あれを出していたら、函館に来なかったかもしれない。そうしたら、夜明けの海も、兄の背中も、見られなかった。

毎朝、水筒のお湯を注ぎながら、それを思う。

今日も兄の船が出る。

海の向こうから、朝が来る。

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