片道三時間の嘘

秋の朝の里山風景

母に最後に会ったのは、三年前の正月だった。

あの日、新潟の山あいにある実家を発つとき、母は玄関先の石段に立って「次はいつでもいいから」と笑った。白い息が母の顔を半分隠して、俺はそのまま振り返らずに坂道を下りた。

俺は東京の下町で小さな動物病院を営んでいる獣医だ。朝七時に診察が始まり、急患が入れば夜の十時を過ぎることも珍しくない。休診日も学会や往診でつぶれる。忙しいのは嘘ではなかったが、片道三時間の新幹線に乗れないほどの理由にはならなかった。

月に一度、日曜の夜に電話をかけるのが習慣だった。母はいつも三コール目で出て、いつも同じことを言った。

「こっちは何も変わらんよ。棚田も元気だし、花も咲いたし。あんたは仕事に集中しなさい」

俺は「わかった。体には気をつけてな」と答えて、それ以上聞かなかった。母が元気なら、それでいい。そう思い込むことが、俺にとっては都合がよかった。帰らない理由を、母の「大丈夫」に預けていた。

十月の連休、たまたま二日間の休みが続いた。久しぶりに帰ってみるか——そう思い立ったのに深い理由はない。強いて言えば、先週の電話で母の声がいつもより小さかった気がした。それだけだ。

越後湯沢で在来線に乗り換え、単線のローカル線に揺られて四十分。窓の外に棚田が広がり始めると、稲刈りを終えた田が段々に連なって、くすんだ金色の光を帯びていた。この景色を見ると、いつも胸の奥が締まる。子供の頃は早くここを出たくてたまらなかったのに、離れてみると、この棚田の色だけがやけに鮮明に残っている。

駅から歩いて二十分の坂道を上る。集落の家々は年々少なくなって、空き家の屋根が傾いているのが遠目にも見えた。実家は集落の一番奥、棚田を見下ろす高台にある。

最初に目についたのは、軒先だった。

母は毎年秋になると、庭で育てた秋桜やカモミールや千日紅を束にして、軒先の梁に一列に吊るす。それが母の秋の仕事だった。子供の頃、あの干し花の列が軒先いっぱいに並ぶと、冬が近いことを知った。薄桃色と白と赤紫の花束が西日に透けて静かに揺れる光景が好きだった。父が早くに亡くなってからも、母は毎年一人であの梁に花を並べ続けた。踏み台に乗り、背伸びをして、端から端まで隙間なく。

だが、その日の軒先には、花束が三つしかなかった。

しかもすべて梁の低い位置——母の背丈でかろうじて手が届く場所にだけ吊るされていた。残りの梁には、古い紐の跡だけが残っている。去年までの花束を結んだ跡だ。

玄関の引き戸を開けると、母は台所にいた。振り返った顔は三年前よりもずいぶん小さく見えた。頬がこけて、割烹着の肩が余っている。

「あら、連絡もなしに。びっくりするじゃない」

「たまたま休みが取れたから」

「ご飯まだでしょう。ちょっと待ってなさい」

母は冷蔵庫を開けて野菜を取り出そうとした。そのとき膝がかくんと折れて、流し台の縁に手をついた。俺は思わず一歩踏み出したが、母は「大丈夫」と背中越しに言った。その声が電話越しの「大丈夫」と同じトーンで、俺は立ち止まった。

夕食は、里芋の煮物と焼いた鮭と、なめこの味噌汁だった。どれも子供の頃から好きだったものばかりだ。母は自分の箸をほとんど動かさず、俺の皿ばかりを見ていた。鮭の骨を取り除いてから出しているのに気づいたのは、二切れ目を食べたときだった。三十八にもなる息子の魚の骨を、まだ取ってくれている。

「膝、いつからだ」

箸を止めずに聞いた。母は味噌汁の椀を置いて、少し間を空けた。

「去年の冬くらいかね。でも医者にも通ってるし、大したことないよ」

「棚田の草刈り、田中さんに頼んでるだろう。隣の婆ちゃんに聞いた」

母は黙った。箸を膝の上に下ろして、窓の外の暗がりに目をやった。虫の声だけが台所に滑り込んできた。

「言ってどうするの。あんたが帰ってきても、膝が治るわけじゃないでしょう」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題よ。あんたには東京の暮らしがあるんだから。動物たちを待たせるわけにいかんでしょう」

母は小さく笑って、「あんたが開業したとき、嬉しかったんだよ」と言った。「この村を出て、自分の力で生きてる。それが分かってるから、余計なことは言いたくなかったの」

俺は返す言葉を見つけられなかった。三年間、母の「大丈夫」を信じたふりをして、自分の忙しさを言い訳にしていた。母もまた、息子の邪魔をしまいと、膝の痛みを電話越しの明るい声で隠していた。片道三時間の距離の間で、俺たちは互いに嘘をつき合っていた。

食器を洗おうとしたら、母に止められた。「お客さんは座ってなさい」と言われて、俺は苦笑いした。お客さん。三十八年前にこの家で生まれた人間が、お客さんだ。

布団に入っても眠れなかった。隣の部屋から、母が寝返りを打つたびに小さくうめく声が聞こえた。膝が痛むのだろう。昼間は何でもない顔をしていたのに、暗がりの中では隠しきれない。俺は天井を見つめたまま、あの軒先の干し花のことを考えていた。三つだけ、低い位置に。あとは空っぽの梁。あの光景が、母のこの三年間そのものに見えた。

翌朝、五時に目が覚めた。障子の向こうがうっすら白んでいる。縁側に出ると、棚田の上に朝靄がかかっていた。冷たい空気が素足に触れて、秋の深さを知った。あぜ道を歩く人影はない。子供の頃はこの時間に、母がもう畑に出ていた。

納屋の戸を開けた。埃を被った踏み台が壁に立てかけてある。その隣に、紐で束ねた干し花が五つ、地面に並べてあった。秋桜の薄桃、カモミールの白、千日紅の赤紫。どれもきれいに束ねてある。紐の結び目は母の癖そのままだった。束ねるところまではできたのに、吊るせなかったのだ。踏み台に乗っても、膝が安定しない。高い位置に腕を伸ばすことが、もうできなくなっていた。

俺は干し花を一束ずつ抱えて軒先に運んだ。踏み台に乗り、梁の高い位置から順に吊るしていった。母がいつもやっていたように、色が交互になるよう並べた。薄桃、白、赤紫。薄桃、白、赤紫。端から端まで。子供の頃に毎年見ていた、あの順番だ。

最後の一束を結び終えたとき、背後に気配を感じた。振り返ると、縁側に母が立っていた。割烹着の袖で両手を包んで、軒先を見上げていた。

「あんた、順番覚えてたの」

「毎年見てたからな」

朝日が棚田の向こうから差して、軒先の干し花を透かした。薄桃と白と赤紫が光を含んで、あの頃と同じように揺れた。同じ景色のはずなのに、全部が違って見えた。

母はしばらく黙って花を見ていた。やがて小さな声で言った。

「来年も、来てくれるかい」

踏み台を降りて、土の上に立った。母の顔を見ようとしたが、目の奥が熱くて、まっすぐ見られなかった。だから軒先の花を見上げたまま答えた。

「毎年来る。花は俺が吊るす」

母の鼻をすする音が聞こえた。あの気丈な母が、割烹着の袖で顔を押さえていた。

棚田の上を風が渡って、干し花が一斉に揺れた。枯れてなお色を残す花を、母は何十年もここに吊るし続けてきた。誰に見せるためでもなく、ただこの軒先を美しく保つために。その意味が、ようやく分かった気がした。

俺は縁側に腰を下ろして、母の隣に座った。二人で黙ったまま、朝の棚田を眺めた。虫の声と、風に揺れる干し花の、乾いた小さな音だけが聞こえていた。

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