タグ: 感動する話

作業着のポケットの底

指輪の内側には、サイズの数字のほかに細かい傷が一列だけついていました。二十歳の春に不妊と告げられた私に、作業着のまま駆けつけた彼が差し出した小さな箱。一年後に本…

白い絵の具を使わない人

あなたは雪を描くとき、白い絵の具を使わない人でした。夏の病室で「ゆきがみたい」と言われ、僕は真夏の富士山へ登りました。間に合わなかったあの夏と、枕元に置いていっ…

約束したのは外遊びではない

点滴の針を怖がって泣いていた五歳の子が、うん分かった約束だよ、と言って自分から腕を出しました。外で遊ぶ約束だと、私はずっと思っていました。看護師がシーツを抱えて…

母が折ったページの角

体育のあとの教室で、机の上に切り裂かれた文庫本が置かれていました。いじめのことを、私は母に言えませんでした。友達のいない私に、母が月に一冊だけ本を買ってくれる人…

自衛隊の誇り

公民館の集いで浴びせられた問いに、自衛官の弟は六秒黙ってから短く答えました。熊本・八代のい草農家を舞台に、弟が中学の技術の時間に三度も作り直した振るい板の目盛り…

島田先生の髪が短くなった日

祖母の鏡台には、三センチまで削って止まった鉛筆が一本あります。戦後まもない教室で、島田先生の髪が腰まであった理由と、それが一晩で短くなった朝のこと。教壇に置かれ…

うまくいかない日に寄る店

仕事のミスが続いた秋に、独り言のつもりで漏らした一言を、父は居間で聞いていました。三日置いてかかってきた電話と、三十年のあいだ家族を一度も連れてこなかった川口の…

員数の紙が一枚増えた朝

山口・宇部の整備士訓練センターで、同期の一人が退所になった秋のこと。三十九人が指を切って押した血判状は届かず、翌週から員数点検の紙が一枚だけ多くなりました。十四…