猫が運んだ茶のボタン
昭和の終わり、雪深い町の小学校。給湯室の窓辺に牛乳を出すようになった冬から、桟には茶のボタンが一つずつ置かれるようになった。猫の恩返しだと二十年思い込んでいた。…
昭和の終わり、雪深い町の小学校。給湯室の窓辺に牛乳を出すようになった冬から、桟には茶のボタンが一つずつ置かれるようになった。猫の恩返しだと二十年思い込んでいた。…
転校してきた花ちゃんが「お家に弁当がなかった」と言った日から、私は毎朝もう一仕切り多く詰めるようになりました。十年使っている青い弁当箱と、盛岡の実家の米びつに入…