
親父が倒れたという電話が来たのは、十一月の終わり、俺が当直明けで仮眠室に倒れ込んだ直後だった。
着信音が遠くから届いて、最初は夢の中のものだと思った。だが鳴り止まなかった。手探りでスマートフォンをつかみ、画面を見たとき、「母」という文字が見えた。
脳梗塞だった。軽症で、三週間ほどで退院できるとのことだった。それでも俺は急いで着替えて、神奈川の実家へ向かった。疲れは残っていたが、それより速く動かなければならない気がした。電車の窓に映る自分の顔を見て、こんなに青ざめているとは思わなかった。十年以上、この仕事をしてきて、こういう場面は何度も経験した。でも親のことは違った。
親父が俺の消防士採用を知ったときのことを、今でも覚えている。
「危ない仕事だ」
それだけ言って、親父は新聞に戻った。採用通知を見せたときも、配属が決まったときも、初出勤の朝も、反応は変わらなかった。「そうか」と言って、次の話題に移るだけだった。表情も変えなかった。俺は長い間、親父がこの仕事を軽蔑しているのだと信じていた。体を張るだけの仕事を選んだことを、どこかで馬鹿にしているのだと。
だから、親父と話すときはいつも少し身構えていた。何かを聞いてくるわけでもないし、何かを言ってくるわけでもない。ただ静かに座っている。それが俺には、距離のように感じられた。自分が選んだ道を認めてほしかっただけなのに、それを口にすることが恥ずかしくて、ずっと黙ったままでいた。
病院から帰って、実家の玄関に入ったとき、靴箱の上に小さな布袋があることに気がついた。
お守りだった。古いもので、紐が少し黄ばんでいた。「火防せ」と書いてある。秋葉神社のものだ。俺はそれを手に取って、裏返して、もう一度表を見た。布には小さなシミがあった。何年もそこに置かれてきた証しのように見えた。指でその布を触ると、薄く柔らかく、わずかに温みがあった。
母に聞いたら、「ずっとそこに置いてあるよ。あなたが消防士になった年から」と言った。
俺は何も言えなかった。
親父が入院していた三週間、俺は仕事の休みをまとめて取り、毎日病院に通った。川沿いの大きな病院で、廊下の窓からは枯れ葉が風に舞うのが見えた。最初の一週間、親父はほとんど眠っていた。点滴の管がつながれた手が、布団の上で小さく見えた。あんなに大きな手だと思っていたのに、と俺は思った。子供の頃、その手に引かれて初めて自転車に乗った。何も言わずに後ろを支えていたのに、気づいたら手を離していた。振り返ると親父はずっと遠くで立っていた。俺がふらつくたびに、少しだけ前に出てきた。転ばないように見ていた。あのときも、何も言わなかった。
二週目になってようやく少し話せるようになったが、俺たちはいつもどおり、たいした話をしなかった。天気のこと、夕飯のこと、テレビで見た野球の話。積もり積もった何かが、俺たちの間に静かに横たわっていた。
「仕事はどうだ」
ある日の昼下がり、窓から薄い冬の日が差し込む病室で、親父がぽつりと聞いた。
「まあまあです」と俺は答えた。
本当はお守りのことを聞きたかった。なぜ黙っていたのかを。なぜ俺が採用になったとき、一言も「おめでとう」も「頑張れ」も言わなかったのかを。でも言葉が見つからなかった。親父に何かを聞くということが、俺にはずっと難しかった。拒絶されるような気がして、いつも一歩手前で引っ込めてしまう。
三週目に入ったある朝、リハビリ室から戻ってくる親父を廊下で待っていた。歩行器を使いながら少しずつ歩く親父の横顔は、俺の記憶にある顔より老いていた。でも歩き方だけは、まっすぐだった。前を向いて、一歩ずつ。窓の外で薄い雲が冬の光を和らげていた。病院の時間は、ゆっくり流れた。俺はその時間の中で、ずっと何かを待っていたような気がした。
退院の三日前、病院の廊下で見知らぬ男性に声をかけられた。
「もしかして、大吾さんの息子さんですか」
六十代くらいの、がっちりした体格の人だった。白髪交じりの短髪。目の奥に穏やかな光があった。俺が返事をする前に、その人は少し頭を下げた。
「安田と申します。お父さんとは昔、一緒に働いていた仲で。消防の」
俺は一瞬、言葉の意味を掴み損ねた。
消防。親父と同じ署に八年いたと、安田さんは続けた。俺は廊下の長椅子に座って、話を聞いた。外では枯れ葉が風に揺れていた。
親父が消防士を辞めたのは三十二歳のときだった。俺が生まれた年だ。現場で足を骨折して、完全には戻らなかった。しばらく内勤で働いていたが、ある日「子供が生まれた。家族がいる」と言って辞表を出したと安田さんは言った。
「大吾さん、現場が好きでしたよ。誰よりも走った人でした。怖いものなんてないような顔をして、それでいてあとで震えてることもあった。それが人間だって言ってたな。でも奥さんと子供のために辞めた。その後は工務店に勤めて、コツコツ働いてたみたいで」
安田さんはゆっくり話した。急かすような口調ではなかった。ただ事実を、丁寧に並べるように。
「それを誰にも言わなかった。俺も、偶然古い同僚から聞いたくらいで。大吾さんらしいと思いましたよ」
俺は手を膝の上で組んで、前を向いたまま聞いていた。
「息子さんが消防士になったって聞いたとき、大吾さんがどんな顔をしたか、見たかったですよ。嬉しそうとか悲しそうとか、そういう顔は俺には想像できないけど、きっと誰よりも誇りに思ったんじゃないかと、俺は思います」
安田さんは立ち上がり、一礼して、廊下の奥へ歩いていった。しばらくすると、その背中は曲がり角の向こうに消えた。
俺はしばらく動けなかった。
三週間前まで俺は、親父が俺の仕事を冷ややかに見ていると思っていた。何も言わないから。反応がないから。だが靴箱の上に置かれたお守りは、俺が消防士になったあの年から、ずっとそこにあり続けていた。
親父は一度も言わなかった。自分がかつて消防士だったことを。足を壊して、現場を離れたことを。家族のために辞めた、その事実を。俺が選んだのが、自分がかつて諦めた仕事であることを。何も言わなかった。ただ、お守りだけを置いていた。
退院の日、病院の玄関で親父がゆっくり靴を履くのを見ながら、俺は声を出さずに泣いた。それに気がついたかどうか、親父は何も言わなかった。
「送っていきます」と俺は言った。
「いい」と親父は言った。
「送っていきます」と俺はもう一度言った。
親父はしばらく黙ってから、「そうか」と言った。
その「そうか」は、今まで聞いたどの「そうか」とも違う気がした。
実家に戻って、俺は靴箱の上のお守りを手に取った。紐の具合を確かめて、布の縫い目をなぞった。古いのに丁寧に扱われている。ちゃんと守られてきた。ずっと、そこにあり続けていた。
俺はそのお守りを、そっと元の場所に戻した。そこにあり続けるべきものだと思ったから。
次の現場に出るとき、俺はあのお守りのことを思い出すだろう。親父が走っていた夜明けの街を、俺も走る。足を骨折して、それでも家族のために次の道を選んだ人の息子として。煙の中に飛び込む瞬間も、誰かの命を抱えて階段を降りるときも、俺はこのお守りのことを胸に持っていく。それだけで十分だった。
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