
俺の母方のばあちゃんは、いつもニコニコしていて、とてもかわいらしい人だった。
生んだ子供は四姉妹。
娘たちがみんな嫁いでからは、じいちゃんと二人で穏やかな日々を過ごしていた。
けれど、じいちゃんは20年前に亡くなり、それからの17年間、ばあちゃんはずっと一人暮らしだった。
ばあちゃんは、3年前、92歳で静かにこの世を去った。
長い間、ひとりきりでどれだけ寂しかっただろう。
それでも、ばあちゃんが弱音を吐いたところを、一度たりとも聞いたことがなかった。
※
火葬が終わり、親戚一同で遺品の整理をしていたときのことだった。
古びた箱の中から、一束の手紙が見つかった。
母たちは宛名を見て声を上げた。
「戦時中の父さん(じいちゃん)への手紙だわ」
まるで宝物を見つけたように騒ぎながら、みんなはラブレターだと盛り上がった。
「きっと惚気た手紙ばっかりよ〜」と冷やかし合う。
そんな中、母がそのうちの一通を手に取り、声を震わせながら読み始めた。
※
『○○さんへ。
今日、△△が風邪をひきました。
豪雪で腰まで雪が積もり、電車も動かないので、隣町まで背負って行きました。
でも、お医者様はお休みでした。
大事な娘を診てもらうことすら出来ないなんて…。
このような戦争は、どうか一日も早く終わってほしいです』
※
その手紙を読んでいた母の声は、最後には掠れて、もう字を追うこともできなくなった。
部屋はしんと静まり返り、みんなが涙を流していた。
もちろん、俺もその一人だった。
※
他の手紙を開いてみても、そこに綴られていたのはすべて、娘たちのことばかりだった。
じいちゃんに会いたい、寂しい、そういった言葉よりも――
「子どもたちは元気です」
「今日は熱が下がりました」
「この子はよく笑います」
ばあちゃんがその筆先に込めていたのは、何よりも自分の子どもたちのことだった。
※
その瞬間、俺は心に誓った。
いつか自分に子どもができて、もし風邪をひいたら、どんな豪雪の中でも背負って歩こうと。
何十キロ先でも、迷わず歩いて連れていくと。
そして年を重ねたら、ばあちゃんのように、ただ穏やかに微笑みながら、誰かを想って生きられる人になりたいと、心から思った。