俺のおじいちゃんは戦争末期、南方に居た。
国名は忘れたけど、とにかくジャングルのような所で衛生状態が最悪だったらしい。
当然、マラリアだのコレラだのが蔓延する。
おじいちゃんの部隊も例外ではなく、バタバタと人が倒れて行ったそうだ。
ただ、その頃には治療薬も開発されていて、それを飲んで命を永らえた人も多かったらしい。
治療班に手渡されていた薬で何人かの人が助かったそうな。
※
暫くして、おじいちゃんが期せずして高熱に魘されるようになった。
病気に感染したのだ。
一方で、おじいちゃんの部下の一人にも同じような症状が襲った。
二人とも薬を飲めば助かる程度のものであったらしいが、その部隊には残余薬が一つしかなかった。
部下は、
「あなたが飲んでください。あなたがこの部隊の指揮官ですから」
と搾り出すような声で言ったらしい。
立派な部下を持ったおじいちゃんは幸せな人間だったと、おこがましいながら俺は思う。
しかしおじいちゃんはたった一言、こう言ったらしい。
「貴様飲め!」
おじいちゃんはその後、間もなくして亡くなってしまった。
※
この話は、つい最近他界したおばあちゃんから何度も聞いた。
薬を飲んで生き残って帰国した兵隊さんはその後、おばあちゃんを何かにつけ助けてくれたらしい。
俺も一度だけお会いしたことがある。真っ直ぐで立派な男だった。
おじいちゃんも素晴らしい命を救ったものだ。
おばあちゃんの口癖は、
「『貴様』…って、いい言葉ね…」
だった。
おじいちゃんの死後、もう何十年も経つのに、毎日毎日仏壇のおじいちゃんに話し掛けていた。
そして眠ったまま死んで行った。
明治の人間は凄い。俺はいつもそう思う。