うちの婆ちゃんから聞いた、戦時中に体験した話。
婆ちゃんのお兄さんはかなり優秀な人だったそうで、戦闘機に乗って戦ったらしい。
そして、神風特攻にて戦死してしまったそうです。
婆ちゃんは当時、製糸工場を営んでいる親戚の家に疎開していました。
ある日の夜、コツンコツンと雨戸を叩く音がしたそうです。
誰ぞと声を掛けども返事は無し。
仕方無く重い雨戸を開けたのですが、それでも誰も居ない。
婆ちゃんはそれに何か虫の報せを感じたそうで、
「兄ちゃんか?」
と叫んだそうです。返事はありませんでした。
※
その後、戦争が終わり、婆ちゃんは実家に戻りました。
そしてお兄さんの戦死の報せと遺品、遺書が届いたそうです。
婆ちゃんは母親、他の兄弟たちと泣いて泣いて悲しみました。
遺書には、お母さんや他の兄弟について一人一人へのメッセージが書いてありました。
婆ちゃん宛には、次のように書かれていたそうです。
「キミイよ。兄ちゃんが天国に逝けるように祈ってくれ。
弁当を食べてから逝くから、空腹の心配は無い。
この国を、日本を頼んだぞ。負けても立ち上がれ。誇りを捨てるな。
貧しくともよし、泥をかぶってもよし。
金を持っても、美味いものを食ってもよいのだ。
ただひとつ心を汚すな。それが日本人だ。心を汚された時こそ、怒れ。
黄色のリボンがよく似合っていた。
兄はいつも共にある。美しくあれ、キミイよ」
婆ちゃんは疎開先の製糸工場に居る時、当時出来たばかりの新商品である黄色のヒモを、毎日お下げに巻いていたそうです。
お兄さんにその黄色のヒモを見せたことは一度も無かったので、あの雨の日に私に会いに来たのだと、婆ちゃんは生涯信じていました。