
私は以前、病院で働いていました。看護師や医者ではなく、病院の清掃員です。
ある日、何も知らずに一つの病室に掃除のために入りました。部屋に入ると、そこにいたのはもうすぐこの世を去る患者さんとその家族でした。「間違った部屋に入ってしまった」と感じながらも、私はそっと掃除を始めました。
その時、患者さんの旦那さんが寂しげな笑顔で私に「ありがとう」と言いました。その言葉が、私が家族の大切な瞬間に不意に割り込んでしまったことに対する気遣いのように感じられ、とても居心地が悪くなりました。私は最低限の清掃を済ませて、部屋を出ました。
廊下で掃除をしていると、その部屋から声が聞こえてきました。中で何を話しているのか耳を澄ませると、旦那さんが自分の子供に向かって言っている声が聞こえました。「ママにチューしてあげなよ。もう何年もしてないだろ? 最後にもう一回だ。ちゃんと『ありがとう』『心配しないでね』『またどこかで会おうね』って声をかけろよ。泣いてばかりだと、ママも心配しちゃうからな」と。
旦那さんは部屋から出てきましたが、一歩廊下に出るや否や、彼はしゃがみ込んで涙を流し始めました。おそらく、子供の前では強がっていたのでしょう。自分が泣けば、子供もさらに辛くなるだろうと思ったのでしょう。
その言葉は、旦那さん自身が何度も心の中で呟いていたことでしょう。彼の様子を見ていると、私には全く知らない他人の死が突然身近なものと感じられ、私自身も涙が止まりませんでした。
もし私が最愛の人を見送る時が来たら、私も「またどこかで会おうね」と言いたいと思います。