泣ける話や感動の実話、号泣するストーリーまとめ – ラクリマ

最期の見送り

ラブラドール(フリー写真)

もう数年前の話。

私が小学5年生の時に、ラブラドールを飼った。

母はその犬に『サーブ』と名付けた。

飽き性だった私は、散歩も父に任せきになり、餌やり当番だけを続けた。

中学と高校は部活一色の生活になり、サーブに関わるのは餌やりの時だけ。

偶にボールで遊んだ記憶があるくらいかな…。

時が経ち、私は短大に進学するため県外に出て、一人暮らしを始めた。

もうサーブに関わることも無くなり、実家に帰省する年だけ、それも数回しか会わない。

帰る度、尻尾をブンブン振って喜んでくれた。

それが当たり前の生活になって行った。

私が大人になって行く分、サーブも歳を取っていたことにも気付かずに。

私はそのまま地元には帰らず就職した。

そしてそんなある日、珍しく母から電話が来た。内容は…。

「サーブが弱ってきて、散歩にも行かなくなった。

もう長くないかも」

私の中のサーブは、元気で、走り回る姿しか知らない。

母には

「お正月に帰るから」

と伝え、その日を待った。

年末になり、私は実家へ帰った。

「ただいま~」

と玄関に入ると、そこには寝たきりになったサーブの姿が。

いつもなら尻尾を振って私の周りをクルクル回るのに、今のサーブは立てるどころか、尻尾をパタパタと振るだけで…。

私はこんな姿のサーブは知らない。

母によると、この二、三日前から立てなくなり、この状況が続いていると。

私は実家に居る間、毎日サーブを撫で、沢山話し掛けた。

その時、パタパタと力無く尻尾を振ってくれたよね。

そして、私が帰る時。

「サーブ、帰るね!」

と頭を撫で、玄関を出ようとすると。

今まで寝たきりだったサーブが、ヨロヨロと立ち上がって尻尾を振ってくれた。

私は嬉しくて抱き締めて、家を後にした。

父に駅まで送ってもらい、バスを待っていると、母から電話が。

電話に出ると、泣きながら

「サーブ死んだ」

と。

私が出た後、すぐに倒れて…。

母は、

「あーちゃんが、帰って来るのを待ってたんだね」

と言って泣いていた。

もう、涙しか出なかった。

最期に力を振り絞って、見送ってくれたサーブ。

13年間、ずっと見てくれていたんだよね。

ありがとう。

モバイルバージョンを終了