毎年お盆に帰省すると、近くの川で『送り火』があります。
いつもは淡い光の列がゆっくり川下に流れて行くのを眺めるだけなのだけど、その年は灯篭に『さちこ』と書いて川に浮かべました。
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ある冬の日、仕事が終わって駅前に出ると、大きなクリスマスツリーが飾ってありました。
冷たい空気の中、キラキラ光っていて、とても綺麗でした。
『今年ももうそんな時期なんだな』と思いながら部屋に辿り着くと、
「にゃー」
野良猫が居ました。
白い猫なんだけど、薄汚れていてやや灰色でした。
俺を見て逃げる訳でもなく、かと言って近寄って来る訳でもなく、少し距離を保ちながら俺を見ていました。
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翌日、晩飯を買おうと思ってコンビニに寄った時に何故か猫のことを思い出し、ネコ缶を買って帰りました。
『今日も居るかな』と考えながら部屋に着くと、
「にゃー」
居ました。
でも相変わらず警戒して近寄っては来ないので、玄関口にネコ缶の中身を紙容器に入れて置いておきました。
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翌朝、会社へ行こうと玄関を出たら、空の紙容器と何故か『どんぐり』が一個落ちていました。
それから毎日、その白ネコは俺の帰りを部屋の前で待っていてくれるようになり、翌朝には決まってどんぐりが落ちてました。
『あいつなりのお礼なんやろか?』
俺はその白ネコに『さちこ』と名前を付けました。
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そんな日々が続いたある朝、会社に行こうとした俺が見たのは、車に轢かれたさちこでした。
傍にはどんぐりが一つ。
さちこのお墓は、どんぐりが沢山落ちている近くの公園に作りました。
毎晩『今日も居るかな?』と考えながら部屋に帰る俺にとって、さちこは癒しでした
だから、お礼なんか…要らんかったのに…。
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川に浮かべたさちこの魂は、ゆっくりとゆらゆら輝きながら、川下へ流れて行きます。
途中に堰があるため、灯籠たちは一度中央に集まります。
川上から見たそれは光の二等辺三角形で、あの冬の日に見た駅前のクリスマスツリーのようでした。