「ゆきをとってきて…おねがい、ゆきがみたい…」
あなたはそう言って、雪をほしがりましたね。
季節外れの雪を。
※
あれから何年も時が経ちました。
あなたは、ゆっくり休めているでしょうか。
僕に向かって、雪がほしいとせがんではいないでしょうか。
あなたの癌が発覚したのは、ちょうど今頃、梅雨時でしたね。
あなたが一番初めにそのことを報告したのは、両親ではなく恋人の僕。
「私ね、癌が見つかったの。絶対元気になって帰って来るから、待っててね」
あなたがそう言ったことを、よく覚えています。
あなたがなぜか笑っていたことも。
※
ここは田舎。大きな病院などあるはずもなく、あなたはここから遠く離れた街の病院に入院した。
僕はできることなら、毎日お見舞いに行きたかったんだよ。
でも…、僕にも大学があった。
行きたかったけど、大学の講義を受けていたんだ。
あなたも、
「大学に行きなさい、あなたの夢を叶えて」
と言ってくれたから。
本当に、すぐ治るのだと思っていた。
※
でも、癌はあなたの身体を確実に蝕んでいて。
ようやく得た休暇を利用し、あなたの元に駆け付けたんです。
もう既にあなたは起き上がることすら苦しいというところまで、悪化していた。
それでもあなたは、僕に大学の話をしてくれとせがんだ。
あなたの笑顔は、変わらず眩しかった。
そしてあなたは言ったんだ。
「ゆきをとってきて…おねがい、ゆきがみたい…」
僕は困った。こんな真夏の本州に、雪があるはずがない。
でもあなたは、冬は毎週スキーに行くぐらい、雪が大好きだった。
「…今から取って来るよ」
僕がようやくそれだけ言うと、あなたは満足げに笑っていましたね。
※
僕はあなたのために、スケッチブックを置いて行きました。
あなたが寂しくないように…。
雪景色の次に好きな絵を、沢山描けるように…。
※
僕に残されていた道は、一つしかありませんでした。
「富士山に登る」
という道。
そこぐらいしか、真夏に雪が残っているところなんて、考えられなかった。
僕は富士山にクーラーを持って行き、ちょっとだけ雪を持って行ったんだ。
あなたのために。
山を下りた頃には溶けかかっていたけれど、それでも僕はあなたの元に運びました。
※
だけど、僕が帰った時には、あなたは既に旅立っていました。
彼女の母から話を聞くと、僕が居なくなった途端、容体が急変したらしい。享年19歳だった。
最期まで傍に居れば良かった。
僕がそう後悔した時、母親は、
「これで良かったんです…」
と言った。
理由を聞くと、雪が見たいというのはただの口実で、本当は僕に心配をかけたくなかったからだって…。
「あの子の彼氏でいてくれて、本当にありがとう」
沢山、感謝された。
あなたとあなたのお母さんに一番感謝しているのは、僕の方なのに。
ああ、くそっ。
間に合っていれば。
悲しくて涙も出なかった。
※
その時、病院のベットの脇にあるサイドテーブルの上に、置いてあるものを見つけた。
僕が渡したスケッチブックだった。
そこには、一面の銀世界が描かれていた。
あなたが描いた、最後の絵。
その裏に、メッセージが残してあった。
「私が居なくなっても、悲しまないで!私は、雪と一緒にいつもあなたの傍に居るから!!大好きだったよ!ありがとう!!」
今度こそ本当に、涙が零れ落ちた。
あなたは苦しい息の下で、僕のことを気遣ってくれたというのですか。
「…ありがとう」
僕は泣きながら、いつまでも感謝の言葉を呟いていた。
雪を渡すのは、間に合わなかったけれど、あなたはそれでも良かったのですか?
最期の時に一緒に居てあげられなくて、ごめんなさい。
でも、一つだけ言わせてください。
僕も、あなたのことが大好きでした。
いいえ。あなたのことが大好きです。
今も。
雪を見るといつもあなたを思い出します。
あなたの大好きだったものだから。