俺は高校まで都立でずっと給食だったし、大学のお昼も学食やコンビニで済ませていた。
母親の手作り弁当の記憶など、運動会か遠足くらいだ。記憶が遠過ぎて覚えていない。
就職しても社食が当たり前で、妻も俺に弁当を作ったことはない。
俺自身も弁当箱を持って歩くのは荷物になるし、弁当への思い入れも何もなかった。
※
そんなある日、中学生になった娘が、
「はい。オヤジさん(娘は俺をこう呼ぶ)」
と、バンダナで包まれた弁当箱を俺に手渡した。
「何じゃ? これ?」と俺が言うと、
「だって、今日オヤジさんの誕生日じゃん」と言う。
俺、絶句。
「何だ、お前、弁当作ってくれたのかよ。食えるのか?」
と、恥ずかしさのあまり悪態をついてしまった。
だが娘は、
「一生懸命、早起きして作ったよ」
と笑顔だった。
※
会社に着いてから気になって弁当箱の中身を確認すると、ご飯には鮭フレークでハートが描いてあった。
おかずはハンバーグとウインナー、そしてベーコンポテト。俺の好きなチーズも入っていた。
胸が詰まった。
2450グラムと小さく生まれて来た日のこと。
夜中に熱を出して夜間診療所に駆け込んだこと。
運動会の徒競走で転んだこと。
父の胸に幼い日の娘の姿が過る。
あいつ、こんなに大きくなりやがって。
食べた弁当の味は、しょっぱい。俺の涙の味だ。