広島の女子高生のA子さんは、生まれた後の小児麻痺が原因で足が悪く、平らな所でもドタンバタンと大きな音を立てて歩きます。
この高校では毎年7月になると、プールの解禁日に併せてクラス対抗リレー大会が開かれます。
一クラスから男女二人ずつ、計四人の選手を選び出し、1人が25メートルを泳いで競争します。
この高校は生徒の自主性を非常に尊重しており、各クラスで選手を決めることになっていました。
A子さんのクラスでは男子二人、女子一人は決まったのですが、残る女子一人がなかなか決まりません。
早く帰りたくて仕方がないクラスのいじめっ子が、
「A子はこの三年間、体育祭にも出ていないし、水泳大会にも出ていない。
何もクラスのことをしていないじゃないか。
高校三年の最後なんだから、A子に泳いでもらったら良いじゃないか」
と、意地の悪いことを言いました。
A子さんは誰かが味方してくれるだろうと思いました。
しかし、もしA子さんを女の子が庇えば、自分が泳がされます。
もし男の子が庇えば、いじめっ子のグループから虐められることになります。
A子さんには誰も味方してくれませんでした。
結局、そのまま泳げないA子さんが選手に決まりました。
※
家に帰ったA子さんは、お母さんに泣きながら相談しました。
ところが、いつもは優しいお母さんなのに、この日ばかりは違いました。
「お前は、来年大学に行かずに就職すると言ってるけど、課長さんや係長さんからお前ができない仕事を言われたら、その度にお母さんが
『うちの子にこんな仕事をさせないでください』
と言いに行くの?
そこまで周りに言われたら、
『いいわ。私、泳いでやる。言っとくけど、うちのクラスは今年、全校でビリよ』
とでも言い返して来たらどうなの」
と、物凄い剣幕です。
A子さんは、泣きながら25メートルを歩く決心をし、そのことをお母さんに告げようとしてびっくりしました。
仏間でお母さんが髪を振り乱しながら、
「A子を強い子にしてください」
と必死に仏壇に向かって祈っていたのです。
※
水泳大会の日、水中を歩くA子さんを見て、周りからワアワアと奇声や笑い声が聞こえてきます。
彼女がやっとプールの中程まで進んだその時でした。
一人の男の人が背広を着たままプールに飛び込み、A子さんの横を一緒に歩き始めました。
それは、この高校の校長先生だったのです。
「何分かかっても良い。先生が一緒に歩いてあげるから、ゴールまで歩きなさい。
恥ずかしいことじゃない。自分の足で歩きなさい」
一瞬にして奇声や笑い声は消え、みんなが声を出して彼女を応援し始めました。
長い時間をかけて、A子さんは25メートルを歩き終わりました。
友達も先生も、そしてあのいじめっ子グループも皆、泣いていました。