
十数年前、妻が突然この世を去った。
赴任先の地方都市で、知り合いもいない土地。
最期の最期まで、彼女は三歳の娘のことを心配し、俺に「ごめんね」と謝り続けながら、一人で旅立っていった。
残されたのは小さな娘と俺だけだった。
※
葬儀の時、娘は泣きながら何度も繰り返した。
「ママいつ来るの? ママいつ起きるの? いつ起きるの?」
その声は、胸を引き裂くように響いた。
娘は妻の実家に預けられ、俺は再び病院へ戻った。
基幹病院は忙しく、学会準備も重なって、帰宅はいつも遅くなった。
それでも休みの日には必ず妻の実家を訪れ、娘と過ごす時間を作った。
娘は母親を失った現実を理解しているように見え、俺の姿を見るといつも笑顔で駆け寄ってきて抱きついた。
泣き叫ぶこともなく、祖父母の家で楽しく暮らしているように思えた。
※
しかし、ある晩。
娘と一緒に寝ていた時、夜中にすすり泣く声で目が覚めた。
俺が気付いたことを悟ると、娘は必死に寝たふりをしたが、震える声は止められなかった。
抱き上げて「どうして泣くのを我慢するんだ」と尋ねても、なかなか答えなかった。
何度も問いかけて、ようやく小さな声で打ち明けた。
「じいちゃんとばあちゃんに言われたの。パパは忙しくて疲れてるから、絶対泣いて困らせちゃだめって…」
三歳の子が必死に我慢し、いい子であろうと努めていたのだ。
祖父母に迷惑をかけまいと、布団の中で声を殺して泣いていたという。
その瞬間、堰を切ったように娘は大声で泣き叫んだ。
「ママのとこ行きたい! おうちに帰りたい! おうち帰るー!」
あの家こそが、娘にとって「自分のおうち」だったのだ。
今まで溜め込んでいた思いが一気に溢れ、朝まで狂ったように泣き続けた。
起きてきた祖父母もその姿を見て悟り、一緒に泣いてくれた。
俺は娘を抱きしめ、何度も約束した。
「もう頑張らなくていい。おうちに帰ろう」
※
翌日、俺は決意した。
医局を辞め、娘を連れて帰ると。
週休三日の自由診療クリニックへ転職を決めた。
当直もオンコールもない職場なら何でもよかった。
教授室を訪れ事情を説明したが、教授は汚物を見るような目で言った。
「いいから早く出て行きなさい」
先輩医師からは何時間もなじられ、血の気の多い上司には殴られた。
それでも構わなかった。
俺には娘がすべてだった。
祖父母に深く感謝を告げ、娘と一緒に新しい生活を始めた。
※
小さな仏壇を用意すると、娘はその前が大好きな場所になった。
保育園に通いながら、俺は新しい職場で働いた。
夕方には必ず帰宅し、娘と過ごす時間が格段に増えた。
手術も美容も何でも引き受けた。
世間からは「あやしいクリニックの医者」と白い目で見られたが、どうでもよかった。
ただ娘と生きることがすべてだった。
そんな俺を見て育った娘が言った。
「私、医学部に行きたい」
正直、今の医療の現実を考えれば悩ましい選択だった。
だが、こんな父親の背中を見てなお同じ道を志す娘が誇らしかった。
合格発表の日、二人で妻の墓前に立ち報告した。
「こんなにいい子に育ちました」と胸を張って伝えられた。
※
いま思う。
娘が社会に出て、幸せな伴侶を見つけてくれたなら、俺はいつ死んでもいい。
もう、少し疲れたよ。
それでも、あの日泣きじゃくった小さな娘を抱きしめた時の温もりだけは、今も胸の奥に消えずに残っている。
妻よ、いつか会えたら褒めてほしい。
「よくやった」と、ただ一言でいいから。