
60歳を過ぎて、癌だと告げられても、私は治療はしないつもりでいます。
5年前には一人娘も無事に結婚しましたし、親としての務めも、もうひと通りは果たせたと思っています。
大きな声では言いませんが、正直なところ、あまり思い残すことはありません。
ただひとつ贅沢を言うなら、オリンピックと、娘の子ども――孫の顔を、一度でいいから見てみたかったですね。
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私は30歳のとき、夫を舌癌で亡くしました。
あの日を境に、人生はがらりと変わりました。
それからというもの、娘をたった一人で育ててきました。
仕事も家事も子育ても、全部まとめて抱え込むようにして、必死で毎日を回していました。
泣いている暇があったら、洗濯物を干さなきゃ。
落ち込んでいる暇があったら、明日のご飯のことを考えなきゃ。
そうやって前だけを見て歩いてきたつもりです。
※
今回、自分が癌だと分かったとき、真っ先に浮かんだのは娘の顔でした。
電話で、そのことを娘に伝えました。
私が「治療はしないつもりだよ」と告げると、受話器の向こうで娘はしばらく黙っていました。
それ以上何を話せばいいのか分からず、私も言葉を切り上げてしまいました。
数日後、ポストに一通の手紙が届きました。
差出人は、娘でした。
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お母さんへ
ほんとに治療しないの?
私としては、してほしい。
生きてほしい。
お父さんが死んでから、お母さんに無理させてきたのは分かってる。
お父さんが死んだとき、仏壇の前に一人で佇んでるお母さんの、ちっさい背中を見たとき、
この人も不安でたまらないんだって、私にも分かったもん。
不安で押しつぶされそうなくせに、いっつも笑ってたよね。
私は子どもだったけど、あの笑顔の裏側にあるものを、なんとなく感じてた。
もう無理はさせたくないんだけど、まだ一緒にいたいよ。
小柄なくせに、ピンって伸びた背筋は、お母さんの性格を語ってた。
人ひとり分の人生に、何十人もの悲しみなんて、本当は背負えるわけないじゃん。
それでもお母さんは、全部抱え込んで頑張ってくれてた。
お母さん、意外と頑固だから、私が何言っても聞かないんでしょう。
だから、感謝を伝えるために書いた手紙のはずなのに、いつの間にか、
「まだ生きて」なんて、また重みになるような言葉を書いちゃってる。
お母さんが本当に欲しいのは、「頑張ったね」とか「お疲れさま」っていう、お父さんからの言葉かもしれない。
でも私は、まだ未熟で子どもっぽいから、本当のところは分からない。
なんで自分から、死に向かって行こうとするの?
まだお母さんの笑顔が見たいよ。
○○より
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私はこの27年間、娘の前では一度も泣きませんでした。
女らしさとか弱さとか、そういうものをかなぐり捨てて、「強いお母さん」でいなければと、必死でした。
あの子から見た私は、きっといつも背筋を伸ばして、平気な顔をしていたのでしょう。
けれど本当は、夫を失って途方に暮れた、ただの一人の女でした。
仏壇の前で小さく座り込んでいた私の背中を、娘がそんなふうに覚えていたとは知りませんでした。
手紙を読みながら、胸の奥がじんと熱くなりました。
今になってようやく、「あの子はちゃんと見ていてくれたんだ」と分かりました。
※
正直に言えば、今の私は、夫からの褒め言葉を聞きたいと思っています。
「よくここまで頑張ったな」
「一人であの子を育ててくれて、ありがとう」
そんな言葉を、どこかでずっと待っている自分がいます。
でも一つだけ、娘には伝えておきたいことがあります。
私は、自分から死に向かって歩いているわけではありません。
「死」を避けるのではなく、「受け入れる」という選択を、お母さんなりに懸命に考えているのです。
治療をして、もう少しだけ時間を延ばすこともできるのかもしれません。
けれど私は、痛みと苦しみの中で娘を心配させ続けるよりも、残された日々を、静かに、感謝とともに過ごしたいと思いました。
それは逃げではなく、私なりの「生き方の締めくくり」なのだと信じています。
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娘の笑顔を、まだ見ていたい気持ちがないわけではありません。
あの子がこれからどんな家庭を築いていくのか、どんな母親になっていくのか、本当はこの目で確かめてみたい。
でも、振り返ってみれば、夫と一緒に過ごせた時間よりも、娘と一緒にいられた時間の方が、もう18年も長いのです。
夫の顔や声も、少しずつ記憶の中で薄れてきました。
そろそろまた会って、ちゃんと報告したい頃合いなのかもしれません。
「あなたとの子は、ちゃんとここまで育てたよ」と。
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甘えん坊だった娘を置いていくのは、正直なところ、やはり心残りです。
胸がきゅっと痛くなる夜もあります。
それでも、あの子には、今はそばで支えてくれる優しい夫がいます。
二人でなら、きっと乗り越えていけるはずだと信じています。
きっと大丈夫ですよね、と、空に向かってそっと問いかけることがあります。
泣いても笑っても、私に残された「時間」というものは、もうそう長くはありません。
だからこそ、今のうちにきちんと伝えておきたい。
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私の人生に関わってくれた、大好きな人たちへ。
そして、時には大嫌いだと思った人たちにも。
嬉しかったことも、悔しかったことも、全部ひっくるめて、今の私を形作ってくれたのだと思います。
夫と娘と、家族と、友人と、出会ってくれたすべての人に、心から感謝しています。
「お母さんは、お母さんなりに精一杯生きたよ」
そう胸を張って、最後にあの人のところへ歩いていけるように、残りの時間を静かに大切に過ごしていこうと思います。