
年下の彼氏がいた。
私が三十歳で、彼は二十二歳。
大学生だった彼は、社会人の私にどこか遠慮があるようで、付き合って三年が経っても、将来の話なんて一度もしたことがなかった。
それでも、穏やかで楽しい日々だった。
お互いの部屋で食事を作り合い、映画を観て、くだらないことで笑った。
そんな彼も、卒業の年を迎え、社会人一年生になった。
ある夜、彼はいつになく真剣な表情で私を見つめて言った。
「結婚してほしい。今すぐじゃなくていい。出世して、そこそこの生活ができるくらい給料がもらえるようになったら。」
「入社したばっかりなのに?」
私は冗談めかしてからかった。
でも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
その約束は、私にとって初めて見る未来の光のようだった。
※
それから八か月後。
夜中、県外の取引先から自宅に帰る途中で、彼は交通事故に遭った。
あまりにも突然で、信じられなかった。
彼の両親は遠くに住んでいて、代わりに私が彼の会社へ荷物を取りに行った。
段ボールに詰められた荷物を自分の部屋に運び、ひとつずつ整理していく。
仕事用の書類、名刺、パソコン。
その中に、黒い小さな箱があった。
震える手で開けると、そこにはダイヤの指輪が入っていた。
指に通してみると、ぴったりだった。
『入社したばっかで、私を養うなんてまだまだ時間が必要だったくせに……気が早いんだよ、ばーか。』
声に出した途端、堰を切ったように涙があふれた。
※
あれから四年。
私は三十四歳になった。
両親は「そろそろ結婚を」と勧めてくる。
でも、私は首を横に振る。
なんでって?
私は、あの人ともう結婚してるつもりだから。
最後に。
ずっと言いそびれてたけど――指輪、ありがとう。
ちゃんと、大切にしてるよ。