5年前、15歳の春。
私が訪れたのは、宮城県気仙沼市、震災から4年後のことだった。
少しずつ復興が進み、新しい建物が建っているところもある。
そんな光景を見ながら、その場であった惨劇を語り部の方が話してくれた。
私は修学旅行先のバスの中で、あるDVDを見ていた。
『時計の針は午後2時46分を指したまま。それでも、時は確実に流れています』
それは東日本大震災の年、1ヶ月遅れで行われた卒業式の祝辞だった。
そこで登壇していたのは、当時自分と同じ15歳の生徒。
映像の中で彼から発せられる言葉一つ一つは、心の底から絞り出されるものだった。
同級生を失って、悲しみの渦の中にいても『顔を上げて生きて行きたい』そう言う顔が忘れられなかった。
私は重ね合わせた。修学旅行の数日前、亡くした大切な家族のことを。
失うことの辛さが、自分とリンクした気がした。
ギュッと抱き締めて、ありがとうと最後のお別れをしたあの日に想いを馳せた。
『私も、顔を上げて生きて行かなきゃいけないんだ』
それと共に、日々、当たり前の生活を送ることの有り難みを感じた。
将来は必ず、人のために。そう心に決めた瞬間だった。