サイトアイコン 泣ける話や感動の実話、号泣するストーリーまとめ – ラクリマ

新しい一年目

夫婦

俺と嫁は、高校のときからの付き合いだった。
きっかけは、同じ委員会に所属したことだった。

高校の文化祭で、俺と嫁は同じ仕事を任され、準備から後片付けまで約一ヶ月間、一緒に作業した。
そのうち、俺は自然と嫁に惹かれていき、勇気を出して告白。
そして付き合うことになった。

それから俺たちは、昼休みも放課後も、休みの日も、いつも一緒だった。
それが当たり前で、何よりも幸せだった。
嫁も、毎日笑っていて、「今が一番幸せ」とよく言ってくれた。

高校を卒業して、俺たちはそれぞれ就職した。
社会人一年目、仕事にも慣れてきた頃、俺はプロポーズを決意した。

嫁は泣きながら喜び、何度も頷いてくれた。
両親への挨拶もスムーズだった。

というのも、既に俺たちは家族ぐるみの付き合いをしていたからだ。
両親同士も仲が良く、まるで「ようやくか」と言わんばかりに、みんなが祝福してくれた。

そして、俺たちは夫婦になった。
19歳の春だった。

結婚後も、本当に幸せだった。
二人で色んな場所に出かけ、たくさんの思い出を作った。

家では一緒に料理をし、買い物にも出かけた。
なかなか子どもには恵まれなかったけど、ようやく一年後、長男を授かった。

名前を考えるのも一苦労だったけど、楽しかった。
俺は嫁と息子を一生守ると心に決めた。

息子の誕生を機に、嫁は退職した。
「家であなたの帰りを待ちたいの」と言ってくれた。

その言葉がどれほど嬉しかったか、今でも忘れられない。
俺はその分、仕事に打ち込んだ。

若かったが、評価されることも多く、プロジェクトも任された。
忙しい日々だったけど、やりがいはあった。

だが、俺はいつしか家に帰って寝るだけの生活になっていた。
嫁と顔を合わせる時間も減り、会話もなくなった。

家は綺麗だったが、どこか温度がなかった。
息子も成長し、俺に話しかけてくることは少なくなった。

ある休日、押し入れを整理していたら、ふと結婚式の写真が出てきた。
俺は笑っていた。嫁も、笑っていた。

「一生幸せにします!」
あのとき、マイクを握ってそう叫んだ自分が、急に恥ずかしくなった。

そして気づいた。
今の自分は、あの約束を裏切っている、と。

次の日、俺は会社で上司に転属願を出した。
仕事量が減る部署だったが、家庭をもう一度見直すために、俺はそう決めた。

そしてその晩、久しぶりに早く家に帰った。
驚く嫁。

二人分の食事を準備して、シャンパンも買って帰った。
ぎこちない食卓だった。

けれど、俺は意を決して話した。
これまで家族を蔑ろにしていたこと。
本当に守るべきものを見失っていたこと。

そして、
「もう一度、夫として、父親として、やり直したい」と伝えた。

嫁は箸を持ったまま泣き出した。

それから、俺たちは少しずつ、家族としての時間を取り戻していった。
息子も最初は戸惑っていたが、やがて笑顔が戻ってきた。

そして、俺たちの家庭には、以前のような笑い声が蘇ってきた。
嫁も、俺に「おかえり」と言ってくれるようになった。

幸せだった。やり直せて良かったと心から思っていた。

ある日、家の片隅で見慣れないスケジュール帳を見つけた。
そこには「K」と書かれた予定が、ハートで囲まれていた。

週に何度も書かれていた。
俺が仕事で家に居なかったあの頃だ。

すぐに気づいた。
不倫。

怒りが込み上げたが、同時に、それも俺のせいだと思った。
寂しい想いをさせていた。

けれど、ある日を境に、「K」にバツ印がつけられていた。
俺が部署を変えた日だった。

その後、「K」の文字は消えた。
それを見て、俺はそっとスケジュール帳を元に戻した。

しばらくして、俺はEDになった。
体が受け付けなかった。

嫁は心配した。
でも、俺は「疲れてるだけ」と答えた。

心の中では、過去を忘れようと葛藤していた。
辛かったが、少しずつ落ち着き、俺たちはまた愛し合えるようになった。

そして、俺はそれを墓場まで持って行こうと決めていた。

息子が公務員試験に合格し、一人暮らしを始めた夜。
俺たちは久しぶりに夫婦二人きりになった。

その夜、俺は嫁に言った。
「君と過ごせて良かった。本当に愛してる」

すると、嫁は泣きながら土下座し、言った。
「私に、そんなことを言われる資格はないの」

そして、不倫をしていたことを告白した。
相手は職場の上司。
離婚も考えたほど本気だった、と。

でも、俺が変わってくれたから、あの人とは別れた。
幸せが壊れるのが怖くて言えなかったと。

俺はただ一言、
「知ってたよ」と答えた。

嫁は泣き崩れた。

そして俺たちは話し合った末に、離婚を決めた。
けじめをつけるために。

離婚届にサインする瞬間、23年の思い出が走馬灯のように蘇った。
高校時代の笑顔、プロポーズ、出産、家族の時間…。

涙が止まらなかった。
それでも、俺たちは静かにサインした。

今、俺は一人暮らしをしている。
元嫁は近所のアパートに住んでいる。

でも、不思議と寂しくない。
彼女はときどきご飯を作りに来てくれるし、俺も用事があると顔を出す。

恋人のようでもあり、昔に戻ったようでもある。

再婚するかは分からない。
でも、今が新しい一年目なのかもしれない。
やり直すための、本当のスタート。

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