俺が打っている店(金魚すくい)に、兄妹と思われる7歳ぐらいの女の子と、10歳ぐらいの男の子がやって来た。
妹は他の子供たちが金魚すくいをしているのを興味津々で長い間見ていたが、やがてせがむように兄の方を見た。
二人の身なりは正直、裕福そうには見えず、男の子は『1回300円』と書かれた看板を、何とも言えない表情で暫く見つめていた。
そしてもう一度妹の方を見てから、俺に向かって
「1回」
と言いながら、握り閉めた手を差し出した。
彼の手から渡された三枚の百円硬貨は、余程大事に握っていたのか、とても熱かった。
妹は満面の笑みを浮かべて、俺から紙を受け取ると、夢中で金魚すくいを始めた。
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男の子は妹が楽しそうに遊んでいるのを見ながら満足そうだったが、やはり自分も遊びたいのだろう、身を乗り出してソワソワとしている。
こんな時、俺はわざと手を滑らせて、紙を船の中に落とす。
「あー、しまった、濡れてもうた。しゃーない、勿体無いからボク使え」
そう言って、濡れた紙を男の子に渡した。
男の子は凄く嬉しそうな顔をして、
「ありがとう」
と言うと目を輝かせて、金魚すくいをしようとした。
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しかしちょうどその時、妹が兄の傍に寄ろうとして躓いた。
そしてその拍子に兄とぶつかり、妹の紙が破れてしまった。
妹の泣きそうな顔を見て、男の子は俺に、
「あげてもいい」
と手にした紙を見せた。
俺が頷くと男の子はニッコリ笑って、手にした紙を妹に差し出した。
そして妹と俺に気を遣わせないためだろうか、
「俺、ちょっと向こう見てくるから、ここで遊んどけよ」
と言って走り去って行った。
妹は暫く困ったように立ち竦んでいたが、やがて再び金魚すくいを始めた。
※
妹が遊び終わる頃、隠れて見ていたのかタイミング良く兄が現れた。
そして俺に向かって、再び
「ありがとう」
と笑顔で言い、妹にも同じように言わせると、妹の手を引いて行ってしまった。
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もう十年も前の話だが、俺は今も彼の笑顔を忘れてはいない。