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母の香りをまとった先生

先生

このエピソードは、私が人生の中で特に大切にしている物語のひとつです。

人間とは何か。

その問いに対するひとつの答えが、この物語には、静かに、しかし圧倒的な説得力をもって語られているように思います。

人は、今この瞬間だけを見て判断されがちです。

けれど、たった「今」だけを切り取って、その人のすべてを決めつけてしまってはいけない――。

この話に触れるたびに、私はそのことを強く心に刻み直します。

物語の出典は、知識人・読書人のための月刊誌として知られる『致知』です。

その先生が小学校五年生の担任になった時、一人の少年が、どうしても好きになれませんでした。

服装はいつも不潔でだらしなく、髪もぼさぼさで、持ち物も整理されていない。

授業態度もどこか投げやりで、周囲の空気を乱しているように見えました。

中間記録を書き込むたびに、先生のペンは少年の「悪いところ」ばかりをなぞっていきました。

遅刻が多い。

忘れ物が多い。

授業中に居眠りをする。

指示に従わないことがある。

「困った子」としての印象だけが、先生の中で日ごとに濃くなっていきました。

そんなある日、先生は職員室で、何気なく少年の一年生からの記録を開きました。

そこには、思いがけない言葉が並んでいました。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。

 勉強もよくでき、将来が楽しみ」

先生は思わず首をかしげました。

……間違いに違いない。

別の子の記録が紛れ込んだのだろう。

そう思わずにはいられませんでした。

二年生の記録には、次のように書かれていました。

「母親が病気で、世話をしなければならず、時々遅刻する」

三年生になると、記録の文面はさらに変わっていきます。

「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りすることが多くなった」

後半には、短い一文が続いていました。

「母親が死亡。希望を失い、深い悲しみに沈んでいる」

四年生の記録を開くと、そこにはさらに重い現実が書き込まれていました。

「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となる。

 酒に溺れ、子供に暴力をふるうようになった」

その文字を追った瞬間、先生の胸に、鋭く、激しい痛みが走りました。

「ダメな子」と決めつけていた少年が、突然、深い悲しみと孤独を必死に生き抜いている一人の「生身の人間」として、目の前に立ち現れたのです。

先生は、これまでの自分の見方を悔やみながら、しばらく記録の紙を握りしめたまま動けませんでした。

その日の放課後、教室に残っていた少年に、先生はそっと声をかけました。

「先生は夕方まで教室で仕事をしているの。

 よかったら、あなたもここで勉強していかない?

 分からないところは、いつでも教えてあげるから」

少年は一瞬きょとんとした顔をしましたが、やがて、これまで先生に見せたことのない、小さな笑顔を浮かべました。

それから毎日、少年は授業が終わると自分の机に戻り、黙々と予習や復習に取り組むようになりました。

鉛筆を握る手は、最初こそおぼつかなかったものの、日を追うごとにノートの文字は整い、解けなかった問題にも粘り強く挑むようになっていきました。

先生は、そのたびにそっと隣に座り、少年のノートを一緒に見ながら、「ここは惜しかったね」「ここまでできたのは立派だよ」と、一つひとつ言葉をかけていきました。

やがて、授業中に少年が初めて自分から手を挙げた日が訪れました。

緊張で少し震える声でしたが、その答えは正解でした。

その瞬間、先生の胸には、言葉にならない大きな喜びが込み上げました。

少年は、自分を信じてもいいのだと、少しずつ感じ始めていたのです。

クリスマスの午後のことでした。

放課後の教室で、少年が照れくさそうに先生のところへやって来ました。

そして、少し震える手で、小さな包みを先生の胸に押しつけるように渡しました。

「これ……先生に」

少年はそう言うと、走るように教室を出て行きました。

あとでそっと包みを開けてみると、中には小さな香水の瓶が入っていました。

派手ではないけれど、どこか懐かしさを感じさせる、やさしい香りのする香水でした。

きっと、亡くなったお母さんが使っていたものに違いない――。

先生はそう直感しました。

その夜、先生はその香水をひと雫だけ胸元につけ、夕暮れ時、少年の家を訪ねてみることにしました。

少年の家は、学校からそう遠くない場所にある古い家でした。

玄関を開けると、酒の匂いと、散らかった生活のにおいがまじった、重たい空気が流れてきました。

父親の姿は見えません。

先生が名乗り、靴を脱いで上がると、部屋の一角で少年が一人、本を読んでいました。

先生に気がつくと、少年は驚いたように立ち上がり、次の瞬間、まっすぐに駆け寄ってきました。

そして、先生の胸に顔を埋めると、震える声で叫びました。

「ああ……お母さんの匂いだ。

 今日は、ほんとうに、すてきなクリスマスだ」

その言葉を聞いたとき、先生は少年の小さな肩を、ただそっと抱きしめることしかできませんでした。

少年の目には、涙が光っていました。

その涙は、悲しみだけでなく、久しぶりに味わった「誰かに大切にされている」という温もりからこぼれたものでもあったのでしょう。

六年生になると、先生は少年の担任ではなくなりました。

しかし、卒業の時、少年から先生あてに一枚のカードが届きました。

「先生は、僕のお母さんのようです。

 そして、今まで出会った中で、一番すばらしい先生でした」

先生は、そのカードを胸に抱きしめながら、静かに涙をこぼしました。

それから六年の歳月が流れました。

ある日、再び一通のカードが、先生のもとに届きます。

「明日は高校の卒業式です。

 僕は、五年生で先生に担任をしていただいて、とても幸せでした。

 先生のおかげで、奨学金をいただき、医学部に進学できることになりました」

あの、だらしなくて投げやりに見えた少年が、努力を重ね、医師を目指す青年へと成長していたのです。

さらに十年が過ぎた頃、また一通のカードが届きました。

そこには、先生と出会えたことへの深い感謝の言葉とともに、父親に叩かれた経験があるからこそ、患者の痛みに寄り添える医者になれるのだと書かれていました。

そして最後は、次の一節で締めくくられていました。

「僕は、よく五年生の時の先生を思い出します。

 あのまま、だめになってしまうところだった僕を救ってくださった先生を、今でも神様のように感じます。

 大人になり、医者になった僕にとって、最高の先生は、五年生の時に担任をしてくださった先生です」

その手紙を読みながら、先生の目には、あのクリスマスの夜の香りと、少年の震える声がよみがえっていました。

さらに一年が過ぎた頃、今度は少し厚みのある封筒が届きました。

中に入っていたのは、一通の手紙と、結婚式の招待状でした。

招待状の片隅に、丁寧な文字で、こう書き添えられていました。

「母の席に座ってください」

その一行を読んだ瞬間、先生の目から、静かに涙がこぼれ落ちました。

少年にとって、母親の代わりにそこに座ってほしい人として、先生が選ばれたのです。

少年はもう、「困った子」でも「だめな子」でもありませんでした。

深い悲しみを抱えながらも、それを力に変え、人の痛みに寄り添う医師となろうとしている、一人の大人の男性でした。

この先生は、あの少年と出会い、その少年の人生と向き合うことで、初めて「本当の先生」になったのだと思います。

そして少年もまた、先生のまなざしによって、自分をあきらめない「本当の自分」に出会うことができました。

人はだれも、一人で生きているわけではありません。

支え合い、気づかせ合いながら、互いを「育て合う」存在なのだと思います。

まさに、「おたがいさま」であり、「おかげさま」。

この物語を読むたびに、私たちが目の前の人を、そして自分自身を、決して「今の姿だけ」で判断してはならないのだと、あらためて強く感じさせられます。

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