小学生の頃、親戚の家に遊びに行ったら、痩せてガリガリの子猫が庭にいた。
両親にせがんで家に連れて帰り、その猫を飼う事になった。思い切り可愛がった。
猫は太って元気になり、小学生の私を途中まで迎えに来てくれるようになった。
尻尾をパタンパタンしてくれるのが可愛かった。
いつも一緒に帰っていたけれど、六年生の林間学校に泊りがけで行っている時に、車に轢かれて死んでしまった。
もう、猫は飼わないと思った。
※
年月が過ぎ、私は就職してバス通勤をするようになった。
仕事が上手く行かず、辞めようかどうしようか迷っていた。
バスを降りるといつも我慢していた仕事の悩みが噴出して、泣きながら暗い夜道を歩いていた。
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そんなある日、バスを降りて歩いていると、少し先に白い猫がいた。
その猫は振り返りながら距離を取って私の前を歩いて行く。
坂を上がり、いくつもの曲がり道を曲がって行く。
私の家に向かって。
家の前に出る最後の曲がり角を曲がると、その猫の姿はなかった。
数日そうやって猫に先導されるように家に帰る毎日が過ぎた。
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ある日、いつものように待っていてくれる猫を見て気が付いた。
尻尾をぱたん、ぱたんとゆっくり上げて下ろす仕草。
小学生の時に飼っていた猫と同じ。
思わず猫の名を呼んだ。
振り返った猫は一声鳴いて、また家に向かって歩いた。
涙が出て仕方がなかった。
心配して出てきてくれたんだね、ありがとう、ごめんね。
大丈夫だからね。もう、安心して、いるべき所に帰っていいよ…。
後ろ姿に向かって呟いた。
最後の曲がり角を曲がる前に猫は振り返った。
近付いて撫でたかったけど、近寄ったら消えてしまいそうで、もう一度呟いた。
ありがとうね、大丈夫だからね。
そして、猫は曲がり角を曲がった。
ふと後ろが気になって振り返ると、白く小さな塊がふっと消えて行くところだった。
そこは林間学校に行って帰らない私を待ち続けて、猫が車に轢かれた場所だった。
それからもうその白い猫は二度と姿を見せることはなくなった。