
あの日、俺は彼女と、ほんの些細なことでケンカをしていた。
原因は覚えていないほどの小さなことだったけれど、お互いに意地を張り、言葉が冷たくなっていった。
険悪な空気のまま、彼女は無言で車に乗り込み、仕事へと向かった。
俺もなんとなくイラついたまま、友達と会いに出かけた。
酒の席で、俺は彼女の愚痴を一方的にまくし立てていた。
「まったく、何なんだよあいつは」――そんなことばかり言っていた。
※
彼女の仕事が終わる頃を見計らって、俺はメールを送った。
内容はあいかわらずくだらない。謝る気持ちはあったけれど、それを素直に伝える勇気もなく、ただあれこれ言い訳のような文を並べた。
しばらくすると、彼女からも返事が来た。
でも、また口げんかの延長のような内容だった。
そしてそのうち、彼女からの返信が途絶えた。
ケンカ中だったから、俺はそれを気にも留めなかった。
「もう寝たのか、それともまた拗ねてるのか」
そんな軽い気持ちでいた。
※
それから1時間ほど経った頃、彼女の携帯から着信があった。
俺は、わざと面倒くさそうに通話ボタンを押した。
「はい」
その瞬間、受話器の向こうから怒鳴り声が響いた。
女の人の声だった。
「あんたのせいだ!!」
「あんたが殺した!!」
何のことか分からず、声を失った。
すぐに電話は落ち着いた男の声に代わった。
「彼女さんは、先ほど車で電柱に正面から衝突し、亡くなりました」
「恐らく運転中にメールのやりとりをしていたことが、事故の原因かと思われます」
――そう、冷静に、そして容赦なく告げられた。
※
受話器を握ったまま、言葉も出ず、ただその場に崩れ落ちた。
気がつくと、携帯が再び振動していた。
1通、メールの受信。
差出人は彼女だった。
そこには、たった一行。
「何か意地張っちゃってごめんね」
それが、彼女から届いた最後のメッセージだった。
※
彼女のご両親は、俺の存在を一切受け入れてくれなかった。
事故の責任を問う言葉もなく、ただ深い憎しみだけがそこにあった。
葬儀にも出ることは許されなかった。
彼女に会うことも、謝ることも、もう二度とできない。
「俺の方こそ、ごめん」
たったその一言すら、届けることができなかった。
心の中で何度も繰り返しているのに、彼女の耳には、もう届かない。
※
いまでも、あのメールを時々見返してしまう。
彼女の言葉が画面の中で、静かにそこにある。
俺は、今でもずっと思っている。
本当は、ごめんって伝えたかった。
もう一度だけ、笑って「バカだな」って言ってほしかった。
そして、今も――ずっと一緒にいたかったんだ。