泣ける話や感動の実話、号泣するストーリーまとめ – ラクリマ

彼女とフライパン

目玉焼き(フリー写真)

一人暮らしを始める時、意気込んでフライパンを買った。

ブランドには疎いが、とにかく28センチの物を一本。

それまで料理なんて全くしなかったのだが、一人暮らしだから自分で作るしかない。そう思って買った。

空焼きしたり、油を馴染ませたり、手入れを怠って真っ赤に錆びさせたり。

それを金タワシでゴシゴシやって、また空焼きして油を馴染ませたり。

取り敢えず、目玉焼きは上手になった。

彼女が出来た。

凄く可愛いし素直。

だけど、料理は全然ダメだった(笑)。

偶の休みの日には俺が、ちょっとだけ贅沢してステーキを焼いた。

彼女はミディアム、俺はレアが好きだった。

「このフライパンは、お前と出会う前から俺と一緒に暮らしている」

と言ったら、彼女はふくれっ面になって、それから笑った。

俺と彼女は幸せな時間を過ごした。

料理が下手な彼女は、目玉焼きを何度も焦がした。

俺は笑いながら、焦げた目玉焼きを美味しく戴いた。

「大事なフライパンなのにごめんなさい」と、彼女は詫びた。

「大丈夫だよ」と金タワシで擦って空焼きしたら、彼女はフライパンの深く碧い色を

「きれいね」と言った。

彼女は突然居なくなった。

事故だった。

俺は今も時々、フライパンを金タワシで擦って空焼きする。

深く碧い色が蘇る。

彼女の「きれいね」という言葉が蘇る。

28センチのフライパンは、俺と一緒に居る。

焦げた目玉焼きはもう食べられないが、フライパンのおかげで彼女の

「きれいね」

という言葉は今でも、いつでも聞けるんだ。

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