彼女とはバイト先で知り合った。
彼女の方が年上で、入った時から気にはなっていた。
「付き合ってる人は居ないの?」
「居ないよ…彼氏は欲しいんだけど」
「じゃあ俺と付き合おっか」
付き合う切っ掛けは冗談みたいだった。
付き合ってから、実は好きだったと聞いた。
※
二人で居るときは性交渉を迫ったりした。
しかしいつも、
「ごめん…それだけはダメなの…」
と言って断られた。
腹いせと言うのも変だが、俺は浮気した。
俺は我慢できるほど大人ではなかった。
浮気がバレた時、彼女は怒らなかった。
寧ろ、
『私が悪いんだからしょうがないよ…』
という感じだった。
俺は友達に、
「浮気もOKとか年上最高」
などと言っていた。
※
ある日、彼女から手紙が来た。
『好きな人が出来たから別れたいの…』
こんなもんか、という感じだった。
俺達は別れた。
※
暫くして、彼女の妹で俺と同級生の子に呼び出された。
「お姉ちゃんには黙っとけって言われてるんだけど…」
そこで聞かされた。
※
昔、乳癌にかかって乳房を片方切除したということ。
それが原因で全てを見せたがらなかったこと。
癌が再発し、今は入院していること。
好きな人が出来たというのは嘘で、俺をまだ好きだということ。
俺と付き合っている時は幸せそうだったということ。
※
涙が出て来た。自分のしたことを後悔した。
入院している病院を聞いて向かった。
病室に入ると、彼女は驚いた表情を見せた。
まるで違う人のように痩せていた。
「ごめん。俺が悪かった…。もう一回、やり直そう。言ってくれれば良かったのに…。そんなこと気にする訳ないじゃん」
「ごめん…嫌われたくなかったの………。私なんか忘れて他の人を探してよ」
「お前よりいい女なんかいない…。お前じゃないとダメなんだよ!」
彼女の眼から涙が溢れた。
「ありがとう……」
俺達はよりを戻した。
※
それから俺は病室に通い詰めた。
暫くして俺は、婚姻届を彼女に見せた。
「俺の分は書いてあるから、元気な時に書いて結婚しよう」
彼女は今まで見せたことのないような笑顔を見せた。
「嬉しい…けど…これは書けない。ありがとう…こんな幸せなの初めてかもしれない」
「絶対書けよ!ここ置いとくから!」
※
その半月後、彼女は亡くなった。
葬式には出なかった。
彼女の死を受け入れたくなかった。
※
無気力な状態が続いていたある日、彼女の妹から手紙が届いた。
中には婚姻届と、彼女からの手紙が入っていた。
その手紙は、彼女が亡くなる前に書いたものだった。
※
『この手紙を読んでいる頃、私はこの世に居ないと思う。
あなたと一緒に居られて幸せだった。本当に幸せだった。
あなたのことを全部知りたかったし、私の全部を知って欲しかった。
けど結局、最後まで見せられなかったね。それだけが心残りだよ。
婚姻届…本当に嬉しかった…。
でも、これは違う人に書いてもらって…。
お墓参りには来ないで!あなたが本当に好きな人が出来たら来て。
それが私を忘れた証拠になるし、私の最後のお願い…。
今まで本当にありがとう。
あなたに出会えたことが人生で一番の幸せでした。
大好きだよ』
※
あれから10年経つが、まだ墓参りには行けていません。