一年前から行きたかったダイビング体験ツアーに行くことになった。
本当は彼女と行きたかったのだが、春が来る前に別れてしまった。
だから仕方なく、男三人で南国へ向かった。
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講習を受けて実際に海に潜ると、感動に近い気持ちを覚えた。
ずっと憧れていた海中の静かな世界がそこにあった。
写真やテレビの映像で見たことはあっても、実際に自分の目や体で感じる世界は違っていた。
興奮して海の中を見渡す俺の視界の中に、突然その子は入って来た。
まるで人魚のように、きれいに泳ぐ姿に一瞬で見惚れてしまった。
その子は初心者ではなく上級者ではないかと思える程だった。
一人で潜っていて、たまたま俺達のグループの近くまで泳いで来たらしい。
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海から上がってゆっくりしていると、彼女も上がって来た。
海の中ではあまり分からなかった彼女の顔は俺のタイプだった。
つい彼女を目で追ってしまった俺は、友達にからかわれた。
彼女と目が合っても目が逸らせずにいると、彼女は少し困ったような顔で苦笑いをした。
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翌日のダイビングの時にも彼女は現れた。
偶然に違いないと思っても、海の中を自由に泳ぐ彼女から目が離せなくなっていた。
きっと最初に見た時に恋に落ちていたのだろう。
でも俺は彼女のことを何も知らない。
名前さえ知らなかった。
それなのに自分でも不思議なくらい惹かれていた。
結局、俺は彼女と何も話せないまま、旅行を終えた。
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現実に戻った俺は、彼女と出会ったことは幻だったのかもしれないと思うようになって行った。
忙しい日々の中で、彼女のことも忘れて行った。
その日、俺は友達に呼び出されて水族館の入り口に居た。
俺を呼び出したのは、一緒にダイビングに行った友達だった。
友達には彼女が居るはずなのに、何で男二人で…と疑問に思いつつ、半ば強引に約束させられたのだ。
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約束の時間になっても友達は来なかった。
俺は連絡しようとスマホを取り出した。
人影に気付いて顔を上げると、そこには彼女が居た。
何故か彼女も俺を見て驚いていた。
その後、二人で話して、友達に仕組まれたと解った。
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俺と彼女は一緒に水族館を見て回ることになった。
折角だから、と言ったら彼女もOKしてくれたのだ。
一緒に魚を眺めながら、彼女と色々話すことが出来た。
彼女はこの水族館で働いていて偶然、友達に会ったらしい。
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友達のおかげで再び出会えた俺と彼女は、友達を経て付き合うようになった。
海の好きな彼女とのデートは海や水族館になることが多い。
彼女と一緒に海に行く度、最初に出会った日のことを思い出す。
彼女と手を繋いで潜る海の中は、あの日よりも更にキラキラと輝いている。