
ヘタレプログラマーの父は、今日も仕事で疲れ果てて帰ってきた。
深夜の玄関。明かりがまだついていることに気づいて、彼は眉をひそめた。
「まだ起きていたのか。もう遅いぞ、早く寝なさい」
「パパ、寝る前に聞きたいことがあるの」
小さな娘が真剣な顔で見上げてくる。
「なんだ?」
「パパは、1時間でいくらお金をかせぐの?」
突然の質問に、父は思わず顔をしかめた。
「お前には関係ないことだ」
疲労と苛立ちが、声ににじんだ。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「どうしても知りたいの。ねえ、パパ。いくらなの?」
娘は小さな声で頼み込むように言った。
「……たいした額じゃない。20ドルくらいだ」
「わぁ……!」
娘の目がぱっと輝いた。
「ねえ、パパ。10ドル貸してくれる?」
「なに?」
父の声が鋭くなった。
「お前が不自由なく暮らせるようにオレは働いてるんだぞ。それなのに金が欲しいなんて……もう寝なさい!」
娘はうつむき、小さく「うん」とだけ言って、自分の部屋に消えた。
※
夜が静まり返ったあと、男はふと胸の奥が痛くなった。
少し言い過ぎたかもしれない。
思えば、娘は滅多にわがままを言わない子だ。
「なにか、どうしても欲しいものがあったんだろうな……」
そう思った彼は、寝室のドアをそっと開けた。
「もう寝たか?」
「ううん、起きてるよ」
暗がりの中から、泣きはらした声が返ってきた。
「さっきは悪かったな。ほら、10ドルだ」
父はポケットから札を取り出し、娘に手渡した。
「ありがとう、パパ!」
娘は嬉しそうに笑い、枕の下から小銭を取り出した。
「おいおい、もう少し持ってるじゃないか」
「うん。でも足りなかったの。これで足りたよ!」
小さな指で硬貨を数えながら、娘は両手いっぱいのお金を父に差し出した。
「ねえ、パパ。これでパパの1時間を買えるよね?」
父は言葉を失った。
「明日、早く帰ってきてね。ママみたいに、パパと一緒に遊びたいの」
その瞬間、父の胸に何かが崩れ落ちた。
自分が忙しさを理由に、娘の「小さな一時間」をどれほど奪っていたかに気づいたのだ。
※
翌日。
彼は定時で仕事を切り上げた。
家の前では、娘が笑顔で待っていた。
その手には、昨日渡した10ドル札が握られていた。
「ねえパパ。今日、遊ぼう? もうお金いらないから」
父は笑って、娘をぎゅっと抱きしめた。
「もちろんだ。今日はパパの時間、全部お前のものだ」
その夜、彼は久しぶりに心から穏やかな時間を過ごした。
そして心に誓った。
――もう娘に「時間を買わせる」ような父親には、二度となるまいと。