昨日、午前4時22分に母が亡くなった。
風邪ひとつ引かない元気な母だった。
僕が幼稚園に入る頃には、もう父は居なかった。
借金を作って逃げたらしい。
母は早朝4時に起きて俺たち兄妹の弁当を作り、6時から17時まで弁当屋でパート。
帰って来たら晩飯を作ってすぐに出て行き、23時までパチンコ屋で掃除のバイト。
休日は月に三回あれば良い方だったと思う。
そうやって僕と妹は育てられた。
※
反抗期なんてほぼ無かった。
あんなに頑張る母親を見て、反抗など出来るはずが無かった。
いや…一度だけあった。
クリスマスの二、三日前にゲームボーイが欲しいとねだったのだ。
友達がみんなゲームを持っているのに、自分だけ持っていないと虐められると。
何故、あんな嘘を吐いたのだろう…。
母は、
「ごめんね…」
と顔をくしゃくしゃにして泣いた。
僕も何故か悲しくなって、家族三人でボロボロ泣いた。
その日は三人とも同じ布団で抱き合って寝た。
※
クリスマスの日の夕食は、おでんとケーキだった。
母親は子供のようにはしゃぎ、歌い、最後に
「はい」
とプレゼントを渡した。
古いゲームソフトだけを買って来た。
「これだけじゃできないんだよ」
と言おうとしたけど、嬉しそうな母の顔を見ると言えなかった。
※
あれから二十年、兄妹揃って大学まで出してくれた。
「俺も妹ももう就職したし、これからは楽をさせてあげるから仕事辞めなよ」
と言ったのに。働いてなきゃボケるって…そんな年じゃないだろう。
どこか三人で旅行に行こうよと言っていたのに。
妹の結婚式を見るまでは死ねないと言っていたのに。
何で末期癌になるまで働くんだよ…。
何度も病院行こうって言ったじゃないか。
先生も、
「あんなに我慢強い人見たこと無い」
と言っていたよ。
看護婦さんに
「迷惑掛けてごめんね」
ばっかり言ってたんだってな。
いっつも人のことばっかり気にして…。
震える手で書いた枕元の手紙…読んだよ。
※
『耕ちゃんへ
小さいころはいつもお手伝いありがとう。
あなたはわがままをひとつも言わないやさしい子でした。
妹の面倒も沢山見てくれてありがとう。
あなたが生まれてきてくれてほんとうにうれしかったよ。
あなたのお嫁さんを見たかった』
※
『梓へ
女の子なのにおしゃれをさせてあげられなくてごめんね。
いつも帰ったら「ぎゅっとして」と言ってくるあなたに、私は何度救われたかわかりません。
あなたは、あなたを愛する人を見つけなさい。
そしてその人のために生きなさい。
死は誰にでも訪れるものです。
悲しまないで。
あなたがもし辛いことがあったら、いつでもあなたの枕元に立ちますよ。なんてね。
あなた達の母親で良かった。
また生まれ変わってもあなた達の母親でありたい。
それが私の唯一つの願いです。
体に気を付けて。
寒いからあたたかかくして。
それから…それから…きりが無いからやめとくね。
たくさんたくさんありがとう』
※
お母さん…手紙は涙で滲んでボロボロだったよ。
だから紙を買って来てくれって言ってたんだね。
お母さん…ありがとう…ありがとう…ありがとう…。
まだ遊んでるよ。
プレゼントしてくれたスーパーマリオランド。